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本会会員で現代史研究家の田中秀雄氏が昨年6月25、石原本を二冊同時発刊した。一冊目は、『石原莞爾と小澤開作 ――民族協和を求めて』というタイトルで、満洲国の建国に大きく貢献した満洲青年聯盟のリーダー・小澤開作(歯科医、指揮者・小澤征爾の父親)や小澤の「双子のような共闘関係にあった」山口重治を中心に、聯盟がその後、満洲協和党、協和会、新民会とたどった足跡を辿っている。
もう一冊は、『石原莞爾の時代――時代精神の体現者たち』は、黒龍会の内田良平、経済学者のE・シュンペーター、同郷の海軍軍人・佐藤鉄太郎、国柱会の田中智学、女性活動家の市川房枝、GHQ司令官のマッカーサーという著名な6人が取り上げられ、それぞれ石原思想との共通・相違点が語られている。特に注目すべき人物は米人E・シュンペーターで、夫のジョセフ・シュンペーターではなく、夫人の統計学者エリザベス・シュンペーターである。彼女は昭和17年に『日満産業構造論』という大著で、「持たざる国」日本や満洲にバッシングを覚悟で同情的な立場を取っていたという。また、シュンペーター夫妻亡きあと、蔵書5700冊余が、愛弟子のいた一橋大学へ寄贈されたエピソードなども紹介されている。同時出版の両著は、石原人脈研究の裾野を広げたという意味で画期的な書籍である。ともに芙蓉書房出版、定価1900円+税
永久平和の使徒 石原莞爾
Apostle of permanent peace Kanji Ishiwara
一昨年1月、戦略研究学会編集の中山隆志編著『戦略論体系 I石原莞爾』が芙蓉書房出版より発行された(写真左、定価3800円+税)。中身は石原思想の中核を成す「世界最終戦論」「戦争史大観」が収録されている。解説者の中山隆志氏は元陸将補、元防衛大学校教授。戦略研究学会副会長。
一昨年7月、藤村安芸子著『石原莞爾――愛と最終戦争』(写真右、講談社、定価1200円+税)が発行された。「再発見 日本の哲学」シリーズの一環として取り上げられたもので、著者の藤村明子氏は東京大学大学院人文社会科学系研究科の博士課程を修了した駿河台大学准教授(37歳)。満洲事変の主導者が、なぜ一転して戦争放棄を唱えたのか、「法華経と世界統一」の観点から解明している。
宝島社が『石原莞爾 満州国を作った男』を出版

一昨年3月6日(火)、宝島社が石原莞爾本を出版した。本書は、今年が「満州国建国75周年」にちなみ特別に組まれたビジュアル・ムック本である。内容は、巻頭に秦郁彦氏(歴史研究家)へのインタビュー記事(石原莞爾の魅力とは?)、第一章 若き日の石原莞爾、第二章 満州事変、第三章 二・二六事件、第四章 思想家・石原莞爾、となっている。その他、「石原莞爾vs東條英機 〜時代を変えた大抗争〜」のタイトルで筒井清忠・帝京大学教授へのインタビュー記事もある。また日本発のナポレオンの紹介者は鶴岡出身の蘭学者で医師の小関三英であったことなど、初めて耳にする話題が豊富。未公開写真も多数掲載されて飽きない構成となっている。サブタイトルは、「軍人シリーズ 昭和期最大の天才軍人!」。 (別冊宝島 定価1200円、税込み)
続々と石原莞爾本が発刊される
石原莞爾平和思想研究会
機関誌『永久平和』最新号PDF
巻頭言 編集後記
本会会員の田中秀雄氏が二冊同時発刊!
昭和前期の日本が生んだ希代の軍略家・教育家・宗教家――石原莞爾
(いしわらかんじ)。
彼の生き様は人類の普遍的で終局的な目標である「戦争のない永続的な平和社会」達成のための多くのヒントを与えてくれている。過去の出来事に謙虚に耳を傾けてみよう。
Welcome
2007・3-12 OPEN
7・22 RENEWAL OPEN



本会会長・顧問らが、経団連農政問題委員会で発言
一昨年3月26日(月)、石原莞爾平和思想研究会の植田英一会長(82歳)と武田邦太郎顧問(95歳、元参議院議員)が、経団連の農政問題委員会に出席して、午後(p.m.2〜3時半)それぞれ所見を発表した。当日の出席者は経団連側から同委員会共同委員長の荒蒔康一郎氏、部会長の松崎昭雄氏、専務理事の立花 宏氏ら5名、福島県新農政研究会(植田英一理事長)から7名、企業側からトヨタ自動車、日清製粉、イオン、カルビー、明治製菓など8社、本会から山ア八九生事務長、島田守康編集長の計22名が参加した。
初めに、植田会長が挨拶に立ち、「昭和59年当時、土光敏夫会長がわざわざ福島県へ講演に来て頂いて感激した経緯があり、経団連とは因縁浅からないものがある。厳しい状況に置かれた日本農業の現実を踏まえ、有意義な意見交換をしたい」と述べた。
続いて、武田顧問の「国際化に向けたわが国農業の課題と挑戦」と題して1時間のレクチャーが行なわれた。その中で武田顧問は、世界の経済の一体化は急速に進んでおり、経済の安定のためには平和を確立することが不可欠。政治の独立・防衛の共同化などの考えは、石原莞爾先生がすでに満州事変時(1931年)より戦争を科学的に分析した結果、提唱していた」と、石原将軍を引き合いに出して、日本農業と世界の方向性を指し示した。
福島県新農政研究会のメンバーからは、株式会社の参入などが盛り込まれた経団連作成の「農政提言」に対して、条件付賛成意見や企業CM金を都市と農村の融合へ有意義に使うべきだなどとの意見が出された。また、ある企業からは、「食品原料を海外に頼らず、国産を使う努力をして、企業、経団連側も自ら変革する必要がある」との意見も出された。経団連委員からは、「CM金の使い途は税法がからむ問題だが、柔軟な対応が必要かも」との意見が述べられた。
経団連と新農政研究会の会合は年1回、1時間半ということで、講演会終了後、その少なさを立花専務理事に伺ったところ、「確かに少ない」と率直に認めた。制約のあった委員会ではあったが、農民側の忌憚のない声を経済人に伝える大変有意義な場であったと言える。
野村乙二朗氏が『東亜聯盟期の石原莞爾資料』を出版

一昨年3月29日(木)、難解とされる『石原日記』を解読して、石原莞爾の正確な足跡を初めて明らかにした野村乙二朗氏(元国学院大学講師、77歳)が、この度、待望の『東亜聯盟期の石原莞爾資料』(同成社、A5判、780頁、定価1万2000円、税別)を出版された。
石原莞爾については誤ったイメージが巷間流布しているが、著者は石原研究者の中にも、確実な資料に基づかない「歪んだ像」を持っている人が多いことに危惧感を抱き、新たに稿を起こす意欲を示していた。
今回は特に、昭和14年(1939年)に結成された東亜連盟協会(のち東亜連盟同志会と改称)の機関誌『東亜聯盟』の編集者を勤めてきた増川喜久男氏(故人)宅から発見された資料(書簡・文書)などをもとに、「東亜聯盟期(1939〜1949)の石原莞爾」の10年間の姿を浮き彫りにしたもので、「前人未到」の「空白期」を追究したことによって、「誤った」石原像の是正が、また大きく前進したことになる。著者の言葉によれば「謬説を根本から覆す決定版」だが、それは氏のたゆまぬ地道な解読作業によってできた賜物、と言える。まさに石原研究史上の快挙であり、敬服の至りというほかない。
なお、氏は、同社から1992年に『石原莞爾 一軍事イデオロギストの功罪』(定価2500円、税別)も出版している。
和田 勁氏のご子息・獅郎氏と初対面
一昨年4月15日(日)、東亜連盟同志会会長だった和田 勁氏(1895〜1958年、本3頁目参照)のご子息・獅郎氏(77歳)と、初めて対面する機会を得た。今回、この対面のキッカケとなったのは、今月発行の機関誌『永久平和』(隔月刊)でインタビューした佐藤秀一郎氏(本会副会長、78歳)が和田 勁氏の思い出話の中で「息子さんがご存命」と語ったことで、その指摘を受けて実現したものである。
東亜連盟同志会は昭和21年(1946年)1月にGHQ(連合国総司令部)によって解散させられたが、和田獅郎氏(写真右)は父親の影響で戦前から同志会の事務局によく顔を出しており、当時の様子を知る数少ないお一人である。当日は、野村乙二朗氏(写真左、下記の記事参照)、長塩守旦氏(現代史研究家)と私(島田守康)が同席した。
話の中で、和田 勁氏は満州国滞在中、伊達順之助氏(満州国軍上将、『永久平和』92、93号参照)とは親密な関係にあったこと、また大酒飲みで胃ガンにより蓮見喜一郎氏の珠光会病院で亡くなったことなどが明らかにされた。また当日は、同志16名による追悼文集『和田 勁将軍とその回想録』(和田 勁伝刊行委員会、昭和55年刊)をお持ち頂いた。