尾関山城(おぜきやまじょう)

 場所  広島県三次市上里町
 標高  100m
 比高  35m
 城主  上里氏 尾関石見守  
 別名  積山 小丸積山城 三次城  




余湖さんのHPから引用

      

尾関山城全景                                  現在は公園になっています

  

11月に行くのが一番です                            看板近くの竪堀?

  

そのまま歩いていくと左手に郭跡があります(上の郭は三吉台)     よく観察すると石積みの遺構もあり

  

江の川が麓を流れています                          上里台の石積跡

  

上里台                                       本丸部分である石見台

  

発蒙閣(天文所)跡から見える比熊山城                         発蒙閣から見る比叡尾山城(山の中腹の建物は岩屋寺)

  

発蒙閣からみる城下町の風景                         因幡台に降りる道にある石垣

  

福島台                                       福島台にある石垣

  


因幡台の西麓にある遺構                           石垣もある


概要
現在、公園となっており、大きく改変されているものと思われるが、現状は下図のとおりである。
1600(慶長5)年、安芸、備後に入部した福島氏は、主要な地域に城を築き一族、重臣を配置した。
三次には、「三次城」に尾関石見守を配しており、この「三次城」が尾関山城跡に比定されている。

広島県教育委員会『広島県中世城館遺跡総合調査報告書』より引用


標高202m 市街地の北隅、清流江の川畔にあるこの公園は春はさくら、つつじ、初夏の青葉によく、秋のもみじ、月見、冬の雪景にすぐれた自然公園です。
もとは小丸積山といって天正年間(1573〜1591年)三吉氏の重臣、上里越後守の居城としたところですが、
慶長6年(1601年)福島正則の重臣、尾関石見守正勝が二万石を領してここに入城してから尾関山というようになりました。
寛永9年(1632)三次藩主として浅野因幡守長治が入封すると、ここに下屋敷が置かれ、頂上に天文台(発蒙閣)を設けました。
大正初期、昔の城郭残塁の段を生かして広場、遊歩道をつくり、さくら、もみじなどを植えて現在に至っております。
なお、公園南麓にキリシタン灯籠があり、伝道苦難の跡がしのばれます

看板より


歴史
1573〜1591
最初は三吉氏の家臣である上里越後守守光の居城であった

1601
福島正則筆頭家老の尾関石見守正勝が2万石で入城する

1619年
福島正則が転封するが尾関石見守は同行せず翌年同地にて死去

尾関家家系図

尾関吉次------尾関石見守正勝-----尾関半左衛門
        +--尾関兵庫
        +--尾関源左衛門

1632年
三次藩主として浅野因幡守長治が5万石で入封する


感想
・公園として三次市民の憩いの場となっている
・紅葉が非常に綺麗でありこの時期(11月下旬)に行くといい
・公園化さえた道よりもその麓にあり郭群の壁面をみると石垣の跡などが多くありここが昔は城であった事を物語っている
・他の部分にも城跡の遺構である石垣はところどころありこれ等を探して見て回ると面白い
・恐らく比熊山城の出城の役割を担っていたものと思われる
・上里(アガリ)氏は神官であったとの伝承もある