兵庫県

ふるさと散歩1柤岡(香美町村岡区)

私のふるさとは兵庫県北部の山村・柤岡という集落である。柤岡という字は読みにくいが「けびおか」と読む。海抜が500mほどあり、冬は雪に閉ざされてしまう。中学2年生の終わりまでこの村で過ごした。町名は05年4月に香美町村岡区となったが、その前は村岡町、さらにその前は美方町、射添村だった。

   
  柤岡・春たけなわ(香美町村岡区)2018.04.27     F6  
  所用のため、春たけなわの故郷の村へ帰った。集落全体が急峻な山の斜面に広がっているが、その中でもとりわけ高い場所に上ると、遠くまで続く山の重なりがいかにも綺麗である。手前の家々の数は昔より減ったが、山並みには少しの変化もない。一番遠くの山のうち、左側のこんもりしたところが白菅山(849m)、正面の一番高い山が蘇武岳(1074.4m)で、その峰の向こう側斜面に神鍋スキー場がある。  
 
 
   
  旧・ 柤小学校跡から(香美町村岡区)16.09.09     36×51p  
  所用で故郷へ帰った。少し時間があったので、昔通っていた柤小学校の校庭でスケッチブックを広げた。学校はずいぶん前に廃校になっており、元校庭は駐車場として使われている。懐かしいと感じるには少し時間が経ちすぎている。家々が急斜面に階段状に建ち並んでおり、その点では極めて面白い景観である。下の絵で車が止まっている場所から見上げて描いた。  
 
 
   
  旧・ 柤小学校跡からA(香美町村岡区)16.09.09     F6  
  旧・柤小学校の校庭への入り口の道路から見上げると、家の上に家があり、そのまた上に家が被さるように建っている。面白い構図なのでもう1枚描いた。柤岡の集落の中でも、この付近が一番急斜面である。  
 
 
   
   草深い故郷の夏(香美町村岡区柤岡)16.08.14    F6  
  子と孫たち全員が故郷へ集まり、墓参りをした。滅多にないチャンスなので、この不便な村で7年前から営業しているイタリアンレストランでパスタランチを楽しんだ。この風景はレストランから徒歩1、2分の所からの眺めである。大阪への帰り道の大渋滞を考えると、ゆっくりスケッチする気分にもならず、パスタがゆであがるまでのわずかな時間に撮った写真から描いた。絵を見ていて「草深い」という言葉が浮かんだ。あまり褒めた表現ではないが、故郷の夏はいかにも草深い。その代わり冬は雪深い。  
 
 
故郷の春(香美町村岡区柤岡)       2015.05.22    36×51p
5月下旬に所用で故郷の村へ帰ったが、スケッチ時間がなかったので写真を撮り、退屈な梅雨の雨の日に描いたものである。これは午後の時間帯で、西日を背に受け、東南の方向を見ている。遠くに霞んで見える丸い山は白菅(しらすげ)山という。絵からはみ出したが、その右側に標高1000メートルを越える蘇武(そぶ)岳が続いており、それらの山の向こう側の斜面に奥神鍋スキー場のゲレンデが広がっている。子供のころから何回眺めたか分からない景色である。

柤岡L(香美町村岡区)      2012.10.24        36×51cm
冬支度のため故郷の村へ帰った。本格的な紅葉には少し早いが、もう冬の足音が聞こえる。正面遠くに見えるなだらかな山は、私が子供のころは「奥の牧場」と呼び、牛の放牧場だった。冬になると適度な斜面の雪山になるので、スキーをかついで出かけた。もちろんリフトなどはなく、高いところまで登って、一度滑降すればおしまいというスキーだった。

柤岡K(香美町村岡区)07・11・19 23×48cm
急斜面に広がる村はいろんな角度から絵になる。自動車道から見上げると屋根の上に屋根が見えたりして構図的にも面白い。深い雪に備え、すでに雪囲いをしたお宅も目立つ。ところでこの画用紙は「MARINE」という超横長のサイズである。MARINEというからには海を描くためのものだろうが、山を描いても悪いわけはなかろう。

柤岡J(香美町村岡区)07・11・19 31×41cm
冬ごもりの準備のためにふるさとへ帰ったついでに村なかを歩くとずいぶん空き地が増えた。柿の木は今年も実をつけたが、とる人がいない。

柤岡I(香美町村岡区)07・08・12 36×51cm
盆の帰省ついでにスケッチした。一番下のGとほぼ同じ場所だが、建物の様子が変わっている。

柤岡H(村岡町)05・01・09 36×51cm
正月過ぎに雪の故郷に帰った。雪は訪問者には美しく、雪遊びなどの対象だが、そこに暮らす人たちにとってはまったくの厄介者である。冬の間、雪との格闘が続く。雪景色を一枚描いて見たいと思ったが、雪の中でスケッチブックを広げる勇気はなく、写真を撮るのにとどめた。

柤岡@(村岡町)01・04・28 F8
春は若葉のにおいでむせ返る。周囲の山は山菜の宝庫でもある。村全体が長い冬からの開放感に満たされる。

この絵の真ん中、広場のあるところに私が卒業した柤小学校があったが、1978年(昭和53年)に廃校になった。


柤岡A(村岡町)90・01・01 F0

豪雪地帯のため冬は暮らしにくいが、夏は涼しくて快適。小学校の跡地は一時、保育所になっていたが、園児が少なすぎるためこれも閉鎖され、元校庭はゲートボール場として使われている。


柤岡B(村岡町)89・08・14 F4

秋になると奥山でキノコがたくさん採れる。私自身は毒キノコとの見分けがつかないため、採りに行けないが、たまにいただいた天然ものの味は忘れられない。校庭にあった大きな木も今はもうない。


柤岡C(村岡町)89・11・04 F0

上の絵を描いた場所は集落全体が見渡せる絶好のスケッチポイント。この草屋根の家があった場所である。この家も今は近代的な建物に建て替わっている。


柤岡D(村岡町)90・01・01 F0

同じお宅を違う描き方をしてみた。


柤岡E(村岡町) F6

雪が降った朝はすべて汚いものが隠れて、息を呑むほどの美しさである。最近は雪のある正月も少なくなった。
(雪の中で描く勇気はない。写真から描いた)


柤岡F(村岡町)90・01・01 F0

柤岡G(村岡町)91・01 F4
村は東南向きの斜面に階段状に広がっている。かつては120軒近くの家があった。「うだつ」のある家も4、5軒あったが、すでに取り壊されたものもある。

ふるさと散歩2旧射添村の村々へ
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