奈良県

法輪寺あたり(斑鳩町)

奈良県斑鳩町の法輪寺の三重塔は法隆寺、法起寺の塔とともに「斑鳩三塔」と呼ばれている。この塔は1944年(昭和19年)に落雷のため焼失、作家の幸田文さんらの尽力で1975年(昭和50年)に再建された。この寺を取り囲むように「三井」の集落がある。寺とともに歩んできた裕福そうな集落である。

法輪寺三重塔(斑鳩町)2014.12.23       25×41p 
松尾寺から斑鳩へ移動、まず車が止めやすい法輪寺へ行った。この日は「塔」に焦点を当ててスケッチすることにしていたので、お寺の正面へ回わり、一番定番のアングルで描くことにした。冬になるとこのあたりでうろうろすることが多いが、このアングルで描くのは初めてだった。

法輪寺界隈A(奈良県斑鳩町三井)2012.12.29     36×51cm
法輪寺を東側から描く場合、これまで少し高いところを走る自動車道をスケッチポイントに選ぶことが多かった。この日もその道路へ行ってみたが、目新しさがない。そこで道路の東側の高台にある三井神社の石段を少し上ると、全体を少し見下ろす感じになり、1枚目とほぼ同じ風景なのにずいぶん新鮮に感じた。この日は暖かく、深い日影になっている石段なのに少しも寒くない。逆に暑い季節でもこの場所なら涼しく描けるなと思った。

法輪寺界隈@(奈良県斑鳩町三井)2012.12.29     F6      
2012年の描き収めにと、斑鳩の法輪寺、法起寺あたりへ出かけた。日差しの関係で法輪寺東側の田んぼの畔に座った。暖かく穏やかな日和でとても気持ちがよい。隣りの畑でエンドウの世話をしておらる人がいた。普通はそばでスケッチしていても無視されることが多いが、この日は、珍しくそばへ寄ってこられた。「どこから来たか?」との質問に始まって何かと話すうちに、斑鳩の現状などをいろいろ教えてもらった。

法輪寺あたりF(斑鳩町三井)10.07.04       36×51cm
法輪寺の裏手にある「三井の井戸」という古井戸の周辺なら間違いなく日影があると思ってこの地を選んだが、残念ながら井戸は絵にならない。あきらめてお寺の表側に回ってみると、幸いスケッチに格好の日影が確保できることが分かったので、初めて法輪寺を正面から描いてみた。手前に”点景”にぴったりの旗が立っている。あとでその旗の文字を読むと「分譲地」とあった。

法輪寺あたりG(斑鳩町三井)10.07.04      F6



一度、法起寺へ行ったあと、再度、法輪寺あたりへ戻った。日が陰っていたので、日影を考えずこの場所を選んだが、描き始めてすぐ日差しが強くなり、暑い思いをした。雑な絵になってしまった。

法輪寺あたりE(斑鳩町三井)08.12.27  36×51cm
法輪寺の裏手に「三井」(みい)という古井戸がある。そばにある説明板によると聖徳太子が掘ったと伝えられるそうで、とんでもない古井戸である。この井戸があるため、集落の名前を「三井」と呼び、法輪寺にも「三井寺」という別名があるそうだ。その三井の家並みの向こうに法輪寺の塔が覗く風景を描いた。

法輪寺あたりD(奈良県斑鳩町三井)08.03.09  36×51cm
三井の集落の家並みに塔が溶け込んでいるのはいかにも斑鳩らしい風景である。日当たりがよく気持ちのよさそうな田んぼの畦に座ってのんびりスケッチした。

法輪寺あたりC(奈良県斑鳩町三井)08.03.09  F6
タイトルは「法輪寺あたり」だが、実は法輪寺そのものを描いた。失礼ながら法輪寺の「生活領域」が気に入った。お寺さんもテレビも見ればお風呂にも入るわけである。講堂の屋根の鴟尾(しび)がチロリと見えるところが、普通の住宅ではない。

法輪寺あたりB(斑鳩町三井)07.03.20 36×51cm
このページで見る限り、法輪寺には冬にしか出かけていない。冬の戻りで寒い日が続いていたが、この日はよく晴れたため法輪寺を選んだ。しかし、風が強く、薄雲も出て寒かった。あまり気分が乗らないまま引き上げた。

法輪寺あたりA(斑鳩町三井)04・02・16 36×51cm
定年になって「絵を描きたくなったら描きに行く」という生活を続けている。よく勝手を知っている法輪寺へ出かけ、周囲をぐるっと歩き回って、このポイントを選んだ。太陽が背中から暖かい。背後で建物跡か何かの発掘作業が行われていた。

法輪寺あたり@(斑鳩町三井)02・01・12 36×51cm
01年の暮れから02年の正月にかけて斑鳩三塔を順番に描いた。法輪寺では塔と三井の集落が同時に見渡せる場所を探した。奈良から絵を描きに来たというご婦人が私の横に座り込み、しばらく話し込んでいった。

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