大阪府

富田林・寺内町その1(富田林市)

これまで一番回数多く出かけた町が富田林・寺内町だろう。民家と町並みにこだわった絵を描き始めて、この町がやはり私にとってのホームグラウンドという気がする。改めて絵を描いた日付を眺めると、いかにたびたび出かけているかが分かる。寺内町は富田林町といい、町内は南北6筋、東西7町のきちんとした町割りになっている。
 《 富田林・寺内町スケッチマップ 》







  緑の場所の絵は(その1)に掲載
  橙の場所の絵は(その2)に掲載

(枚数が多いため2分割しただけで、その1、その2にはとくに区別はありません。1011.08.30までののスケッチポイントを掲載)


御坊町C(富田林市富田林町)2012.05.13     36×51cm
河内を描く美術会のスケッチ会が富田林寺内町で開かれたので、初めて参加してみた。しかし富田林へはたびたび出かけているため、いざとなると目新しいポイントがない。日影がある、車が来ないなどスケッチ環境の良さを優先した結果、直近、昨年の秋に描いたばかりの場所(下の絵)と同じになってしまった。

雨の寺内町@(富田林市富田林町)11.11.19     F6
古くからの友人の知人の知人が11年春、富田林寺内町で古い民家を借りて茶事などを行う店をオープンした。その店「峯風庵」でおいしい料理と酒を味わおうと、友人、知人と3人で訪問することになった。私だけ少し早めに行ってスケッチすることにしたが、当日はあいにくの土砂降り。しかし、峯風庵は富田林市が整備した「展望広場」という建物の前にあり、その通路から雨でもスケッチができることを知っていた。”雨の寺内町”を描くのもよかろうと思い、ゆっくりスケッチしながら友人と知人の到着を待った。絵の右手の暖簾が出ている建物がその峯風庵である。

雨の寺内町A(富田林市富田林町)11.11.19     F6
「展望広場」の通路で雨を避けながら上の絵を描いたが、約束までにまだ時間がある。といっても濡れずに描ける別の場所を探すのも面倒なので、椅子を少し後ろへ下げ、そのまま同じ風景を描くことにした。通路の入り口を額に見立てた構図で、この場所ならいくら雨が激しくなっても濡れる心配はない。目の前にある「峯風庵」の庵主には、私がスケッチしていることはすでにばれている。やがて御坊町と呼ぶこの道の向こうから、傘をさした友人と知人がやってきた。その姿を描き込もうと思いながら、タイミングを逸した。

北会所町C(富田林市富田林町)11.08.16     36×51cm
富田林寺内町は訪問回数が多いので、これまで描いたことのないポイントで描こうと思い、町の北の方にある「北会所町」という東西の通りに座った。目の前のお宅は文化財指定といった古いものではなく、最近、修復の手を加えたようにも見えるが、それにしても堂々たる構えである。

北会所町D(富田林市富田林町)11.08.16     36×51cm
富田林寺内町から西の方を眺めると、富田林市役所近くにある電波塔とその向こうの羽曳野市にあるPL教団の塔が見える。北会所町にある酒屋の倉庫の大きな日影に座って西を見ると、電波塔やPL教団の塔や手前の電柱などがごちゃごちゃ重なって、何だか面白いような気がした。

城之門筋G(富田林市富田林町)11.08.16     F6
東西の通りで2枚描いた後、町の中心部にある興正寺の門前まで来ると、しっかり日影ができている。この場所では何回も描いたことがあり新鮮味はないが、もう1回。まだお盆の休みのためかカメラ片手に町並み歩きをする人たちが次々にやってくる。

堺町B(富田林市富田林町)11.08.16     F6
富田林寺内町の真ん中を東西に横切る道路を「堺町」と呼ぶ。車の行き違いも難しいほどの道幅だが、車の通行量が恐ろしく多い。興正寺の壁際にへばりつくように座って車を避けながらスケッチした。

城之門筋F(富田林市富田林町)10.10.07       F6
この日、スケッチポイントを探しながら富田林寺内町をかなり広範囲に歩いた。何回もこの町でスケッチしているので、なかなか新しい気分で描ける場所が見つからない。結局選んだこの場所は私がスケッチを始めてすぐの91年に描いたポイント(下の城之門筋@)と同じになってしまったが、せめてと思い反対側から描いた。

城之門筋E(富田林市富田林町)10.10.07      36×51cm
この日、富田林寺内町での2枚目はどこで描こうか少し迷った。町の東側にある山中田坂周辺を描き残した思いがしていたので行ってみたが、ポイントとなっていた建物が新しくなり面白くない。結局、何回も描いたことがある城之門筋をもう一度描くことにした。

南会所町C(富田林市富田林町)09.12.24  36×51cm
久しぶりに富田林・寺内町へ行き、「三段蔵」がある南会所町で描いたが、完成した絵が何となくさみしい感じがする。帰宅後、以前の絵(南会所町B)と比べてみると、左側の屋根の上で見事な枝ぶりを見せていた松の木がなくなっていた。

城之門筋D(富田林市)09.12.24    36×51cm 
新年のホームページ用にどこかの神社をスケッチしようかと思ったが、場所が思い浮かばない。結局、富田林の寺内町へ行き、馴染みのある興正寺の門前に座った。正月にお寺へお参りする人もいるから、まあいいかと妥協した。

城之門筋C(富田林市富田林町)07・08・16 36×51cm
富田林・寺内町は重要伝統的建造物群保存地区に選定され、なかでもこの興正寺前の道・城之門筋は建設省から日本の道百選にも選ばれている。この場所は国からいわば”二重のお墨つき”をもらっている。スケッチしていると町内の役員という人が自転車で通りかかり、町並み保存のあり方について意見を求めてこられた。私自身にも結論が出せない難しい問いかけだったが「行灯型の街灯を建てるのだけはやめてくださいね」と言っておいた。

南会所町B(富田林市富田林町)06.04.09 36×51cm
絶好の花見日和の日曜日。桜の名所は除外し、途中の道も空いていそうな場所ということで、富田林を選んだ。町内には観光客の姿がけっこう目立つ。この町は交差点で道がずれる「あて曲げ」になっているため、あたかも道の真ん中に座って描いた絵のように見えるポイントがある。もう何回もスケッチしたことのある南会所町の通りだが、このポイントは日当たりがよく、もう少し暑くなると描けない。

東筋(富田林市富田林町)05.08.19 36×51cm
寺内町の一番東にある南北の通りを東筋と呼ぶ。この通りには重厚な建物は少ないが、生活感あふれる町並みがある。大きな米蔵の日陰に入ってスケッチした。3回もにわか雨がやってきて、そのたびに蔵の門に避難した。
この絵が嶋崎研一著「母の詩 晴子とともに」(朝日新聞社刊、06年3月)の表紙に採用されました。嶋崎氏ホームページへ

北会所町B(富田林市富田林町)05.08.16 36×51cm
8月11日から19日まで八尾市の西武百貨店八尾店で開かれた「河内を描く美術展」に初出展した。会期中に会場を訪問するのを兼ねて再び富田林へ。13年前に描いている北会所町の奥谷家を反対側からスケッチした。

御坊町@(富田林市富田林町)05.08.06 36×51cm
久しぶりに訪問すると新しい発見があるものである。富田林は絵を描き始めた初期に多く訪問しているため、重厚な建物そのものに焦点を当てた絵が多い。今回はカートを引いて歩き回った結果、御坊町の東の突き当たりに、ちょっと古びた家があったので、これを描くことにした。この家の北側に山中田坂という坂があり、ここも絵になる。

城之門筋A(富田林市富田林町)04・03・24 36×51cm
3年8カ月ぶりに富田林を訪ねた。どこを描こうかなと思いながら町内を一周、結局、町を南北に貫く興正寺の前の道(城之門筋)を選んだ。日当たりの関係から興正寺の勅使門の前でイーゼルを立てた。もったいないことである。

城之門筋@(富田林市富田林町)92・03・07 F8
富田林は寺内町としてよく今井町(奈良県橿原市)と比較される。富田林は今井町ほどのすごさがない代わりに、より生活感がある町並みといえる。絵は寺内町の中心である興正寺の前の道。日本の道百選に指定されたこの町の代表的風景。寺ではちょうど葬儀が営まれており、絵にあるトラックで花輪が運ばれてきた。

南会所町A(富田林市富田林町)00・07・09 F8
時が移って久しぶりにこの町を訪ねた。「昔描いたな」との思いで南会所町にある南葛原家の三段蔵に挑んだ。三段蔵というのは私が勝手にそう呼んでいるだけだが、3段の水切り屋根がポイントの3階建ての蔵である。左側はなぜか「たばこ屋」という屋号で酒造業を営んでいた葛原家。

その「昔描いたな」という絵がこれ。当時は油性ペンを使っていた。同じ三段蔵を91年に描いたもの。実はこの時初めて富田林に足を踏み入れた。



南会所町@(富田林市富田林町)91・06・08 F4

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