滋賀県

日野(日野町)

日野は戦国時代の武将・蒲生氏郷の出身地であり、また近江八幡などとともに近江商人の発祥地としても知られる。「日野椀」とか「日野売薬」といった特産品をベースに行商で商圏を全国に広げ、財をなした。日野の町にはそうした商人の本宅だった邸宅が今でも残り、しっとりとした町並みが続いている。

「札の辻」あたり(日野町)09.08.20    36×51cm
実はこの絵が日野スケッチの締めくくり。日野町中心部に「札の辻」という三叉路があり、大聖寺というお寺の大きな建物がそびえている。高札場があった札の辻というからには、ここは古くから町の中心で、この風景が日野の町並みを代表するともいえそう。朝から気になっていたが、一日中、スケッチするための日影がまったくない。午後遅くなって陽の勢いも衰えてきたので、やけくそ気味に夕日を背にして描いた。

「日野まちかど・感応館」(日野町)09.08.20    F6
初めての訪問なのでスケッチポイントもよく分からず、とりあえず日野商人の主力商品だった「萬病感応丸」という薬で財を成したお宅を描くことにした。今は日野観光協会の事務所が置かれ「日野まちかど・感応館」という施設になっている。日影を優先した結果、引きがなく、ちょっと無理をした構図になってしまった。「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」という近江商人の理念を染め抜いた大きな暖簾がかかっていた。

「塗師安」(日野町)09.08.20    F6
日野町内の清水町というところに豪邸が並ぶしっとりとした町並みがあると聞き、行ってみた。日野商人の名前を高めた商品に「日野椀」があり、椀に漆をかける仕事をしていた「塗師安」という看板が出たお宅だあったので、2枚目に選んだ。スケッチできる日影を探していると、たまたまそこにいた外国の方が流ちょうな日本語で「ここでどうぞ」といわれる。あとで分かったことだが、米国人のM.Oさんで、本業はある財団の研修所教授だが、「塗師安」の向かいにある旧家に住み、町並み保存にも取り組んでおられるという。初めて訪問した日野での貴重な出会いであった。

「西大路曳山倉」(日野町)09.08.20    F6
この日、日野へ行った主目的はタマちゃんこと児玉紘一さんの日野の町並みスケッチ展を訪問すること。ついでにスケッチポイントも教えてもらおうという魂胆であった。展覧会を見たあと、タマちゃんの作品の中にあった西大路曳山倉を訪ねた。この倉の近くにある馬見綿向神社の祭礼「日野祭」が5月2、3日にあり、16基の曳山が町を練り歩くそうである。まだ見たことはないが、日野商人の財力に支えられた華麗な祭りであろう。曳山を家の中から見られるようにした「桟敷窓」をしつらえた旧家もある。

「這上り」(日野町)09.08.20    F6
日野町中心部への南側入り口に通称「這上り」という珍しい地名の場所があった。正式地名は大窪地区の一部だが、その場所に立っていた解説板によると、台地上にある日野の町に入るには、以前はこの場所にあった急坂を”這い上がる”必要があったため、こう呼ばれるようになったそうである。現在は這い上がる必要のない緩やかな上り坂だが、家並みが面白いのでスケッチすることにした。描きながら、かつて日野商人が全国を行商して歩いた結果、出世街道を這い上がっていったことを連想させる地名のような気がしてきた。

近江八幡市新町、八幡堀へ
「近畿の旅3」(奈良、滋賀)の目次へ