8月某日某刻、科学室。

 

薄暗くされた部屋に男が二人。

一人の男の手には試験管に入った赤い液体。

 

「ついに完成したのか?」

 

質問をした男の名前は棗恭介。

 

「あぁ完成だよ、棗くん」

 

そしてこの男は……科学部の偉い人。

 

「そうか、完成か……くは、くく、くはははっはははははは」

 

片手で顔を覆うようにして笑う棗恭介。

 

「フフフ、あぁついに完成したんだよ!! 『幼児退行薬』がねっ!!」

 

科学部の偉い人のメガネがキラーンと光る。

 

 

 

 

 

「あ、おはよう鈴……ってえええええぇええええっっゴホっ、ゴホっ」

 

日曜の朝。食堂に響き渡るほどの大声を出したのは直枝理樹。

周囲の人間は何事だと言わんばかりに理樹の前にいる鈴を見る。

 

「「「「「………」」」」」

 

少しの沈黙のあと。

 

 

「っええええええええええぇっ!?」

「ぅおおおおおおおおおおっ!!」

「キターーーーーーーーーーーっ!!」

「ぽっ」

「きゃーーーーっ」

「お前ら何をそんなに……え、え、え、エクスタシーっ!!!!」

「お前なぁ、朝から何やってん……だっしゃぁーーーーーーーーーっ!!」

 

その目線の先を見て、驚く者、雄たけびを上げる者、頬を赤らめる者、絶頂を迎える者、狂う者。

まるで地獄絵図と化した食堂内。しかしその中で一人薄ら笑いを浮かべている者を理樹は見逃さなかった。

 

「恭介っ!!」

 

凄い剣幕で恭介に詰め寄る理樹。

 

「どうかしたのか?」

 

理樹の叫びにも動揺することなく平然としている。

 

「どうもこうもないよっ! 鈴が、鈴がっ……!」

 

興奮を隠せない理樹は肩で息をして、目を見開いている。

 

「ほう、鈴がどうした?」

 

そんな理樹を目の前にして更に薄ら笑いを浮かべる恭介。

それが理樹のボルテージをグンと上げることになる。

そして拳を握り締め今日一番の大声で叫ぶ。

 

「鈴が幼児退行しちゃってるんだっ!!!!!」

 

 

 

 

 

「鈴ちゃんと佐々美さん」

※幼児退行と言っても18歳以下にはなりません。

読む人によっては18歳以下に捉えられてしまうかも知れませんが18歳以上です。

だから変な法律にも引っかかりません。

子ども扱いはしないでください。もう大人です。

では本編をどうぞ。

 

 

 

 

 

「鈴? 僕のこと分かる?」

 

理樹は何を聞いても笑っているだけの恭介を後にした。

 

「いき」

 

今は椅子に鈴を座らせ話を聞いているところだ。

 

「おしい、理樹ね。りーき」

「むき?」

「剥かないよ、何も剥かないよ」

「ゆき?」

「降らないよ、だって夏だもの」

「ボ」

「り・き、ね?」

 

鈴が何かを言いかけたところで、理樹がそれを制した。

 

「りき?」

「そう、理樹だよ」

「りきっ」

 

鈴は満面の笑みを浮かべて理樹に抱きつく。

 

「じゃあ、鈴っ! 俺は? 俺はっ!?」

 

と理樹の後ろから恭介が鼻息を荒くして鈴に言い寄る。

鈴は少しビックリしながらも小さく口を開いた。

 

「…キョ……キョンスケ」

「なぁ理樹、セーフだよな?」

「うん、スケが付いてるから大丈夫だよ」

 

恭介は著作権がどうとかブツブツ言いながら、鈴に向き直る。

 

「違うだろ鈴、恭介お兄ちゃんだろ?」

「キョースケ?」

「そう、キョースケお兄ちゃんだっ」

「キョースケ…お……お……ロリいちゃん」

「ちげぇぇええええ!! 途中まで、お……お、って言ってたじゃねぇかっ!! その突然の気分転換は何だよっ!?

おろりーちゃんになってんじゃねぇかよ!? あ? 恭介おろりーちゃんなのかっ!? マロニーちゃんみたいに言ってんじゃねぇ!!!」

 

テンションMAXな恭介の肩に理樹が手を置いた。

 

「うるさい」

 

理樹は恭介を一蹴すると机の下に隠れている鈴に声を掛ける。

 

「鈴? 大丈夫だよ、変態は居ないから出ておいで」

 

さっきの恭介の魂の叫びにビックリして隠れてしまったのだろう。

 

「ほんと? コワイのいない?」

「うん、いないよ」

 

鈴はニコっと笑って机の下から出てきた。理樹はそのまま鈴を自分の膝の上に乗せた。

恭介は著作権がどうとかブツブツ言いながら体育座りをしている。

 

「それにしても誰かが鈴の子守りをしてないとなぁ」

 

その言葉に恭介がピクっと反応する。

 

「はいっ!!」

 

恭介が高く手を挙げる。

 

「来々谷さんは危なそうだなぁ」

「はい、はーーーーいっ!!」

 

恭介が両手を挙げながらぴょんぴょん跳ねている。

 

「葉留佳さんも心配だなぁ」

「オレっはい! キタオレっ!! オーーーーーレッ!!」

 

恭介はその場で全力で回りだした。そう、バレリーナのように。

 

「西園さんはそういうの苦手そうだなぁ」

「KYO、SUKE、キョースケェ!!!」

 

恭介はアルファベットをすべて体文字でやって見せた。

 

「あ、小毬さんがいたや、電話してみよ」

「えー、棗恭介、棗恭介に清き一票をお願いしますっ!!」

 

恭介はどこから出したのかタスキを掛けてマイクで演説している。

 

「あ、小毬さん? い、いや、知らないよ、いいから落ち着いて小毬さん……」

 

理樹は携帯で電話を掛け始めた。

恭介はその横で息を切らして横たわっている。

 

「……うん、じゃあ女子寮の前ね、はーい」

 

理樹は電話を掛け終わると鈴を膝から降ろした。

 

「りき、どっかいくの?」

「うん、鈴も一緒にね」

「どこ?」

「小毬さんの所だよ」

「だれかこまってるの?」

「あ、小毬って名前の子なんだけど覚えてない?」

 

鈴は横に首を振った。

 

「そのともだちこわい?」

「ううん、とっても優しいよ」

 

理樹は笑顔を作ってみせる。

 

「りきよりやさしい?」

「はは、そうかもね」

「じゃ、あいたいっ」

「それじゃあ行こうか」

「うんっ」

 

理樹と鈴は手を繋いで食堂を出ていった。

 

「……」

 

棗恭介、孤独を感じた日曜の朝であった。

 

 

 

 

 

 

 

恭介が孤独を感じる少し前の事、場所は男子の侵入を禁止された秘境、女子寮。

その一室、笹瀬川佐々美と神北小毬の部屋である。

早めに朝食を済ませた佐々美は机に向かって勉強に励む。

 

「さ〜ちゃん、休憩しないと疲れちゃうよ〜」

 

ルームメイトである小毬は自分のベットの上でコロコロしている。

 

「明日提出の課題がありますの、先に終わらせてしまった方が楽でしょう?」

「お菓子食べる〜?」

「ちょ、私の話聞いてましたのっ!?」

「うん、聞いてたよ〜、でも休憩は必要なのですっ」

 

小毬はえっへんと胸を張った。

 

「神北さんは休憩を取りすぎてましてよ」

「ふぇ〜? そんなことないよ、私だって勉強してるもんっ」

 

今度は頬を膨らませてみせた。

 

「ふふ、分かりましたわ、もう少しで終わりますのでそうしたら頂きますわ」

「うん〜」

 

小毬はニコっと笑って、またコロコロし始めた。

佐々美はそんな小毬を見て呟く。

 

「神北さん……少し太りました?」

 

ピキーンっと部屋の空気が凍ったように固まる。

 

「「……」」

 

 

そんな沈黙を破ったのは小毬の携帯だった。

 

アンアンアンアソパソマソ、やぁさしい君は、餓ぁ死寸前うさぎに、顔面提供中♪

 

「神北さん、携帯がなってますわよ」

「わわわっわわ私っ太ってなんかないんだからっ!!」

「携帯が」

「そりゃ、ちょっと増えたかな〜とは思ったけどさ、体重計に乗ったらそんなことなかったし」

「携帯……」

「べ、別にお菓子の食べすぎとかじゃなくてね! う〜んと……ストレス? そうっ! ストレスなの!!」

 

佐々美は息を大きく吸った。

息を吸ったことにより寂しい胸が少し膨らんだ。

そして

 

「携帯電話が鳴っていると言ってますのっ!!!! 早く出なさいっ!!!!」

「ほわぁあああああああっ!?」

 

小毬は慌てて携帯を開いて通話ボタンを押す。

 

「は、はいっ!! 神北小毬っ! 決して太ってなんかいません!!!!」

 

小毬は電話に向かって太っていない宣言をした後に正気に戻る。

 

「ほわぁあっ!? 理樹く〜ん!? 違うの今のはねっ……」

 

佐々美は小毬が電話に出たことを確認して、また机に向き直した。

しかし佐々美の頭の中では、先ほどの小毬の着信音が延々とリピートされていた。

 

「顔面提供中ってどういう状況ですの?」

 

そう呟きながらノート端に餓死寸前ウサギのイラストを描いてみている。

 

「うん、分かったよ〜あとでね〜」

 

小毬は通話を終えると、下ろしていた髪をリボンで結び始めた。

 

「神北さん? どこか行きますの?」

「ふぁんふぁっふぇ〜ふぃんふぁんふぁふぇ〜」

(訳:なんかね〜りんちゃんがね〜)

 

小毬はワッフルを口に咥えながら、髪を結びながら、コロコロしながら、佐々美と喋っている。

 

「神北さん、食べるか、結ぶか、転がるか、喋るかどれかになさい」

 

コロコロコロコロ……

 

「怒りますわよっ! なんでそこで転がるんですの!?」

「はう、ごめんなさい〜」

 

モグモグモグモグ

 

「ぶちますわよ?」

「ごかんべんをぉ〜」

 

転がり終え、ワッフルを食べ終え、髪を結び終えた小毬。

 

「で、どこかに行きますの?」

 

佐々美は自分との会話を最後にされたことに、多少の不満を感じながらも今は流すことに決めた。

 

「えっとね〜鈴ちゃんがね〜ちっちゃくなっちゃったの」

「棗さんが? もともと小さい方ではありませんの?」

「違うの〜何かね〜すっごくちっちゃくなっちゃったの」

「ど、どういうことかは分かりませんけど、電話の相手は誰でしたの?」

「電話は理樹君だったよぉ〜」

「そうですか、よくは分かりませんがお気をつけていってらっしゃい」

 

佐々美には鈴がアレ以上小さくなることが想像できないでいた。

小毬はあとでね〜と手を振って部屋を後にした。

部屋に一人になった佐々美は一つ気が付いたことがあった。

 

「神北さん……パジャマでしたわ」

 

 

女子寮の玄関前には理樹と小さくなった鈴が小毬を待っていた。

理樹は小さくなった鈴を見ながら幼児退行の原因を考えていた。

 

「ん〜恭介が関わってることは間違いないんだけどなぁ……」

 

しかしその目的も手段も分からないことだらけである。

とにかく恭介の近くに鈴を置いておくのは危険だと考えた理樹は、鈴の身の安全を優先した。

 

「理樹く〜ん、お待たせ〜」

 

女子寮の奥からパタパタと走ってくる小毬。

 

「ちょ、小毬さん! 走ると危ないよ!」

「だいじょ〜ぶだよぉ! そこまでドジじゃな、ほわぁああああああ!?」

 

理樹のいる所まであと数メートルのところで転んだ。

その光景はホームベースへのヘッドスライディングの如し。

小毬はヘッドスライディングのまま理樹の足元まで滑ってきた。

 

「小毬さん、なんでパジャマ? あ……」

 

理樹はパジャマ姿の小毬を見下ろしていると急に赤面し後ろを向いた。

 

「うぅ〜痛かったぁ〜」

 

床にぶつけた額を摩りながら小毬が立ち上がる。

理樹の隣で一部始終を見ていた鈴が呟く。

 

「……猫さん」

 

小毬のパジャマのズボンは見事なヘッドスライディングにより、少しだけずり下がっていた。

それにより可愛らしいネコがプリントされたパンツが、少しだけ顔を覗かせていた。

 

「あ〜鈴ちゃ〜んなの? わー本当にちっちゃくなっちゃったんだ〜」

 

小毬は自分のパンツが見えていることなど全く気が付かず、その場で前屈みになり鈴の頭を撫でている。

 

「小さくなってもかぁい〜ねぇ」

 

鈴はと言うと小毬のことなど目に入っておらず、猫柄のパンツに釘付けになっている。

 

「ふえ? 何で理樹くん後ろ向いてるの?」

「こ、小毬さん、もう大丈夫?」

「ん? あ〜ごめんねぇ、もう大丈夫だよ」

「そう……良かった」

 

理樹の大丈夫? という小毬に対する質問は、もうパンツは見えていないか? と言うことであり

転んだことに対しての大丈夫? ではない。しかし小毬はパンツが見えていることには気が付いていないため

理樹の質問は転んだことに対しての大丈夫かだと思っている。

もうズボンは上がっていてパンツは見えていないと思い込んでいる理樹は、ゆっくりと小毬の方へ振り向こうとする。

 

しかしこの時更に問題点が存在した。

小毬の目の前でパンツに釘付けになっている鈴。

幼児退行してしまったことにより、鈴には無邪気な好奇心が備わっていた。

そんな鈴が小毬のパンツを見て思ったことは一つ。

 

「……ズボンが邪魔でネコさんがよく見えない」

 

である。先程のスライディングにより、ずり下がったズボン。

しかし僅かにしかずり下がっておらず、猫のプリントは三分の一程度しか見えていない。

もちろん鈴はパンツ自体が見たいわけではなく、パンツにプリントされている猫のイラストが見たいのだ。

その純粋なネコに対する愛情は一つの行動へ繋がる。

そう、ズボンが邪魔ならズボンを下げればいい、と。

 

「もうビックリしたよ小毬さん」

「ごめんね〜本当に転ぶとは思わなかったから〜」

「ていっ!」

 

鈴が小毬のズボンをずり下げた瞬間と理樹が振り向いた瞬間。

それは神の悪戯かただの偶然なのか……全くの同じタイミングだった。

 

「「「…………」」」

 

三人は同時に言葉を失くしていた。

 

理樹はパンツは見えていないと思っていた、しかし何故か目の前にはパンツ全開の小毬。

何故か理樹が急に固まり動かなくなったことを不思議に思う小毬。そしてなんか下半身がスースーする。

猫のプリントだと思っていたものがアリクイだった真実にショックを受ける鈴。

 

そして言葉を発したのも三人同時だった。

 

「「「なんでっっ!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻男子寮一室。

 

まだ昼前だというのに真っ暗にされた部屋には男が一人。

男は机上のスタンドライトの明かりだけを頼りに書き物をしていた。

その書き物をしているノートに大きく書かれている文字。

 

「鈴にもう一度お兄ちゃんと呼ばせるZE!計画2009」

 

その男、棗恭介は不適に笑った。

 

後編へ続く

 

 

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