「なぁ理樹君、自分は何の為に生きていると思うかね?」

 

不意に来ヶ谷さんがそんなことを聞いてきた。

 

「え? 何の為に? ……う〜ん、考えた事無いなぁ」

 

今はいつものお茶会中で裏庭にいる。もちろん普通の生徒は数学の授業を受けている。

 

「そうか、スマンな。 変な事を聞いた、忘れてくれ」

 

そう言った時の来ヶ谷さんの顔がなんだか寂しげに見えて

 

「急にどうしたの?」

 

思わず僕はそう聞いてしまった。

 

「私は今、忘れてくれと言ったのだが?」

「いや、普通気になっちゃうでしょ?」

「どうしても聞きたいのか?」

「え? いやどうしてもってワケじゃないんだけど…」

「なら、忘れてくれ」

 

来ヶ谷さんはコーヒーを啜りながら言う。

でもやっぱり、その姿はどこか寂しげで

 

「じゃあ、どうしても聞きたい」

「ぶっ」

 

僕がそう言うと来ヶ谷さんがコーヒーを少しだけ噴き出した。

慌てる来ヶ谷さんを見て僕は少し笑ってしまった。

 

「君はいつからそんなにS気溢れるようになったんだ?」

 

 

と頬を少し赤らめて来ヶ谷さんが言う。

 

「なんだか貴重なシーンを見れた気がするよ」

「私はウブな理樹君が好きだったんだけどな……」

 

そんなことを言いながらも何だか嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「で、急にどうしたのさ?」

 

まただ。 本当に少しの変化だけど、やっぱり来ヶ谷さんの表情は寂しそうになった。

 

「うむ、別に深い意味はないのだがな、ただ少しな」

 

今度はハッキリと分かる。

 

「もしかして悩みとかあるの?」

「悩み? あぁそうだな。 私は悩んでいるのかも知れないな」

 

今、来ヶ谷さんは何かに悲しんでいるんだ。

それは何故か僕が触れてはいけない事のように思えてしまって…

 

「あ、ごめんね、言いにくいよね?」

「ん? まぁ、言いにくいと言えば言いにくいのだろうな」

「はは、僕こそ変な事言っちゃったね」

 

僕は慌ててそう言った。

人には他人に言えない悩みがある。

それは来ヶ谷さんも例外じゃないんだと思う。

 

「僕にも相談できる時がきたら言ってね。 よし、そろそろ戻ろうか」

 

僕らは教室へと戻る。

この時、来ヶ谷さんの話をしっかりと聞いてれば、今も隣には……

 

 

「想い」と「思い」はすれ違うだけ

「思い」が人を傷つけて、「想い」が人を孤独にしてしまう

君が全て忘れたのなら、私も全て忘れることにするよ。

二人の場所に「想い」残して。

 

 

 

「愛しい人〜二人の場所〜」

 

 

 

 

 

ある日の夜。

僕は宿題に使うノートを教室の机の中に忘れてしまい、仕方なく夜の校舎へと向かった。

真人に気をつけろよ、と見送られるも夜の校舎に忍び込むのも常連になってしまった。

恭介主催の肝試し大会や…

あれ? 夜の校舎に入ったのはそれだけだっけ? まだあったような…

ううん、たぶん気のせいだと自分を納得させて教室へ急ぐ

 

 「うぅ、ここまで真っ暗だと不気味だなぁ」

 

そんなことを呟きながら僕の教室に面している廊下へ出る。

もう少しで自分の教室に着くというところでどこからか声がする

 

「もう、決めたのか?」

「ああ」

 

どうやら僕が今行こうとしている教室から声がしているようだ

この校舎には僕しかいないはずなのに、僕以外の声がする。

こんな時間に? 僕は一旦立ち止まり息を殺し身を潜めた。

 

「いいのか? あいつ等が寂しがるぞ?」

「何度も言っているだろう、もう決めたんだ」

 

二人いる。

男と女だ。

 

「……分かったよ。 お前が居なくなる当日まであいつ等には黙っとく」

「うむ、そうしてもらえると助かる」

「しかし、くるが」

プルルル、プルルル

 

その音は僕のポケットの中にある携帯電話から発せられた。

 

「誰だっ!?」

 

男の声が校舎に響く

僕はマズイと思い、全速力で来た道を引き返した。

その走る僕の背中に何か叫ばれたが止まる事はしない。

僕は一度も振り返ることなく部屋に戻った。

 

「おう理樹、 遅かったじゃねぇか? ん、どうしてそんなに息切らしてんだ?」

 

部屋のドアを開けると真人が呑気に筋トレをしていた。

軽い吐き気に見舞われながらも息を整える。

 

「あんまりにも理樹が帰ってくるのが遅いからよぉ」

「で、心配になって携帯に電話したの?」

「なんだよ、気付いてたんなら出ろよな」

 

さっきあったことを話すのも面倒になり寝る事にする。

薄手のTシャツに着替え、寝支度をする。

 

「なんだ? もう寝ちまうのか?」

「うん、ちょっと疲れたからね」

「まぁいいけどよ、宿題はどうすんだ? ノート取ってきたんだろ?」

「あ、ノート……」

 

そういえば目的は教室に忘れたノートを取りにいったんだった。

明日早めに学校へ行ってやるしかないな……。

それを考えると少々イヤな気分になるが、寝ることを優先してベットに入り目を閉じる。

 

「おやすみ真人」

「おう」

 

その後、30分くらい真人が筋トレをしていたが、室内では物足りなかったらしくジョギングをしにどこかに行ってしまった。

静寂が包む闇の中でさっきの校舎でのことを思い出す。

 

あの声……どこかで……? 

でも生徒がこんな時間に校舎に居るはずないしな…

色々考えているうちに思考が回らなくなってきた。

眠りに落ちるその時に、男が言った言葉が頭の中を流れる。

 

「…分かったよ。 お前が居なくなる当日まであいつ等には黙っとく」

「うむ、そうしてもらえると助かる」

「しかし、くるが」

 

く……るが……?   

 

思考は完全にシャットアウトされ、気が付けば僕は夢の中にいた。

 

夜の教室に二人でいる。 僕と女の子だ。

二人で窓の外を見ている。

沈黙を破ったのはドンという爆発音

光の線が夜空に伸びる

そして線はやがて大きな光の花となり僕らを包んでいく

大きな光に包まれて世界はやがて真っ白になった。

 

どこまでも広がる白、やがて白は雪に変わり、辺りに降り注ぐ

今度は一人で教室にいた、誰も居ない教室に

どこからか聞えるピアノの音、なつかしい音色

無意識に体が動く、ゆっくりとピアノの音の方へ

その音に耳を傾けながら廊下歩く、たどり着いたドアの前

ドアを開くとその中には女の子がいた。

女の子が僕を見て微笑む。そして

 

「___おかえり___理樹君」

 

 と言った。

 

ピピピ ピピピ

 

目覚ましの音で目が覚める。

まだ重い瞼を擦る。

 

「ん?」

 

顔には濡れた感触。目から流れる雫。

 

僕は泣いていたらしい。 なぜだか分からない。

変な夢だったな……。でも温かい夢だった。

何とも不思議な夢の中で分かった事は、僕の帰りを待つ人がいるってことだけだった。

でも、それは誰だ? あの女の子は……?

 

 

 

 

夢を見て一週間が過ぎた。

人の記憶とは曖昧なもので夢を見たことなど忘れてしまっていた。

僕はいつも通り学校へ行く、いつもと変わりない登校風景。

今日もまたバスターズの皆と過ごす楽しい一日が始まる。

そう、この先もずっと僕らの友情は変わりはしない。

いつも通りだ。 そんな小さなコトに幸せを感じながら靴箱を開ける。

と、靴箱の中から地面に何か落ちた。

 

「ん? 手紙?」

 

手紙というよりはメモ書きだろうか?

今時の子が使うようなデザインではなく、至ってシンプルなデザインだ。

拾い上げてそれを見てみると丁寧な字で一文だけ書かれていた。

 

「君への想いは置いていくよ」

 

なんだこれは? イタズラかな?

何だか気味が悪くなった僕はメモ書きをゴミ箱へ放り投げた。

 

午前中の授業は終わり昼休みになった。

僕は真人と教室で購買で買ったパンを食べていた。

 

「ありゃ? 姉御はまだ来てないのか」

 

葉留佳さんがお弁当箱を持って教室に入ってきた。

どうやら来ヶ谷さんを探しているらしい。

あれ? そういえば今日は来ヶ谷さんの姿を見てないな。

 

「ねぇ、葉留佳さん、来ヶ谷さんどこかにいってるの?」

「ううん、寮に居るんだけどさ、朝は部屋の片付けしてたよ。 それが終わったら来るって言ってたのになぁ」

「片付け?」

「うん、もう着ない服とかを処分するんだって言ってダンボールに詰めてたよ」

 

今の季節に? 衣替えにはちょっと早い過ぎないかな?

そういえば今週は来ヶ谷さんが居ないことが多かったような…

 

「その来ヶ谷のことでちょっと話がある」

「あ、恭介、いつの間に居たの?」

「ん? ああ今、窓から来た」

 

僕の後ろにはいつの間にか恭介が立っていた。

もう毎度のことなのでクラスの誰一人として驚いた素振りを見せない。

 

「で? 来ヶ谷さんがどうかしたの?」

「明日辺りに担任から正式な伝達があると思うが…」

 

恭介の顔が暗い、悲しんでいる?

なんで恭介が悲しい顔をしてるかが、この時はまだ分からなかった。

でも、嫌でも分からされてしまった。そして僕は恭介の言葉を心から信じたくなかった。

 

 

「来ヶ谷は……転校する」

 

 

 

 

僕は走り出していた。 来ヶ谷さんに会いに。

仲間に何も言わずにお別れなんて酷すぎる。

大切な仲間なのにっ!

その時、脳裏に変な光景が見えた。…世界が色に飲み込まれていく光景が。

 

「……なんだ? 今の……」

 

僕は足を止めた。

何かが聞える。

騒がしい廊下の真ん中で耳を澄ます。

 

「……ピアノ?」

 

確かに聞える、電子ピアノの音が。どこからか聞える、誰かの声が。

理由は分からない。でも僕はこの音の先には来ヶ谷さんがいると思った。

なぜだか分からない。でも……。

 

気が付けば僕は放送室へ向かっていた。

なんで電子ピアノと来ヶ谷さんが結びついたのかは分からない。

でも僕にはピアノの音が来ヶ谷さんの声に聞えたから

 

放送室の前に着いたときにはピアノの音は止んでいた。

僕はドアノブに手を掛ける。 鍵は掛かってなかった。

 

「来ヶ谷さんっ!」

 

僕の声は虚しく響くだけで、そこには誰も居なかった。

部屋の一番奥には電子ピアノが置かれていた。

僕はその電子ピアノに近づく。

ピアノの椅子の上には小さな包みが置いてあった。

 

「クッキー……?」

 

その包みの中にはクッキーが数枚入っていた。

そして包みの下には今朝下駄箱に入っていたメモと同じデザインのものが置いてあった。

 

「理樹くんと私の想いよ、永遠に」

 

そのメモにはそう書かれていた。

 

 

花火、雪、放送室、ピアノ、クッキー

…夢の女の子

 

「……唯湖さん」

 

 

僕の中ですべてが繋がったと同時に、涙が溢れてきた。

忘れてた思い出と唯湖さんへの想いが涙となって体の外へ。

心の塀は役には立たず、感情を留めることができなくなっている。

胸の奥から全身へ、血が流れるよりも早く、その想いは僕の身体を駆け巡った。

 

 

 

確かに、僕と唯湖さんが愛し合っていた世界がどこかにあった。

それがいつだったか、何がきっかけだったのか、ハッキリと思い出せたわけではない。 

ただこの場所に、僕の胸に、その想いが溢れている。

 

 

 

僕はマイクのスイッチを入れた。音量は最大にする。

学校外にも聞えるように、唯湖さんにも聞えるように。

 

『ザザー…唯湖さん? 聞えるかな?』

 

 ノイズ交じりで僕の声がスピーカーから流れる。

溢れる涙を必死で堪える。

 

『____思い出したよ。唯湖さんへの想いを。

一番好きな人を思い出した。僕の大切な人を思い出した。

唯湖さん、ごめんね。ありがとね。いっぱい、いっぱい好きだから、

唯湖さんが好きだから……だからっ……』

 

 

マイクのスイッチを切った。

本当に伝えたい事が分からなくて、それが悔しくて悲しくて。

想いが届いてないかも知れない、もう唯湖さんは帰ってこないかも知れない。

突然の転校の理由も聞けぬまま、大好きな人にサヨナラも言えぬまま……。

 

 

僕は心の中で歌を歌う。

二人の曲を。

唯湖さんへ……愛しい人へ届くように。

 

 

愛しい人泣かないで、笑ってみせて
涙がみたくて「好き」って言ったんじゃないんだよ?

愛しい人大丈夫、淋しくなんかないでしょう
だって貴方が淋しい時、僕も淋しいんだよ?

愛しい人とじた目を、まだあけちゃ駄目だかんね
そのまま、そのままって寝ちゃ駄目だよ。

愛しい人

「貴方の為なら死ねる」じゃなくて「貴方の為に生きる」事にしたよ
もちろん貴方もご一緒に。
この先も、その先も。

もっと自分愛してやりなよ、僕はその余った分でいーから。

愛し、愛しい人

たとえ生まれ変わったとしても、僕は「この」僕でいるから貴方も「その」貴方でいてね。

そして、また同じ台詞言うんだ。
ずっと、ずぅっと。

愛しい人ゆっくりその目あけてごらんよ。
いつもと同じでしょう?
それでいいんだよ。

 

 

 

 

 

日が傾き、校舎の影は伸び、生徒の数は減り

唯湖さんは現れなかった。

 

僕は毎日、二人の場所で歌を歌う。

誰も居ない、この場所で……

 

 

 

いつか、二人の世界ができたのなら

君は、おかえりって迎えてくれるかな?

いつかまた、この僕と、その君で笑い合う日が来るのかな?

君が想いを置いてくのなら、僕もココに置いてくね

二人の場所に……

 

 

 

 

 

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