私は放送室にいる。と言っても今着いたばかりだが。

いつもの椅子に腰掛けて時間が過ぎるのを待つ。

 

「あと、10秒くらかな?」

 

時計を見ながら呟く。

時計の秒針が10回目の運動を終えるのと同時にドアが開かれた。

 

「なんで一緒に授業終わったのにそんなに早いのさ?」

 

走ってきたのだろうか? 少しだけ肩で息をしているようだ。

なんとも中性的な顔をしているその少年は難しい顔をしながら入ってきた。

 

「私が早いわけではないよ、理樹君」

「僕が遅いって言うの?」

 

ちょっとムっとした顔の理樹君は放送機器の方に向かった。

そしてCDを再生し始める。

 

「またその曲かい?」

「いいでしょ、好きなんだよ」

 

と私の向かいの椅子に腰掛けた。

 

「それは良いとして、君はなぜそっちに座るんだ?」

 

今度は私がムっとしてみせた。

 

「え? いや、ココ以外どこに座れって言うのさ?」

「ここに決まってるじゃないか?」

 

私は自分の膝の上をポンポンを叩いた。

 

「いやいやいや、決まってないからね!」

「ん? なんだ、理樹くんは私の膝の上に座るのがイヤだとでも言うのかね?」

 

少し睨むように理樹君を見る。

すると理樹君は困ったように下を向く。

 

「い、嫌だって言うか…恥ずかしいと言うか……」

「よし、なら私が理樹君の上に座ろう」

「えっ!?」

 

 

 

 

「……ねぇ唯湖さん? もう良いでしょ?」

「いやだ」

 

理樹君の上に私がいる。

自分からやっておいてアレだが死ぬほど恥ずかしい。

 

「僕、お腹減っちゃったなぁなんて……」

「なら私を食べればいい、今が旬だぞ?」

 

それを悟られない為に強がって見せる。

 

「うう……えいっ!」

「なっ!?」

 

何故か私が理樹君に抱きしめられてしまった。

理樹君に寄りかかる体制になっている。

理樹君の体温が制服を通して伝わってくる。

ヤバイ……恥ずかしすぎる。

 

「あ、後ろから唯湖さんに抱きつくのって久しぶりだ」

「り、理樹くん? 離してくれないか?」

「え? なんで?」

「い、いやな、そろそろ昼食を食べないと時間がな……」

「もしかして唯湖さんって後ろからって弱い?」

「!? ……君は私に弱点があると思っているのか?」

「うん」

「そ、そんなことはないぞ、現に下の名前で呼ばれる事にも平気になったろう?」

 

理樹くんはクスっと小さく笑った。

 

「もう、お喋りはいいからコッチ向いてよ」

「いやだ」

「なんでさ?」

「今の理樹君は今年一番のSっ気が漂っている」

 

理樹君はまた小さく笑うと、少し強めに私を抱きしめた。

 

「好きだよ、唯湖さん」

 

ああ、私は幸せだな。

 

私は上半身だけ身体を捻る。

理樹君の首に両手を架けて顔を合わせる。

互いの吐息が交じり合う位置まで近づいている。

 

「卑怯者め」

 

私が言う。

 

「なんのことかな?」

 

理樹君が言う。

 

「好きだぞ、理樹君」

 

私が微笑む。

 

「僕も好きだよ」

 

理樹君も微笑む。

 

そして二人の唇は近づく。

 

 

 

 

「愛しい人〜想いは通じ世界は終わる〜」

 

 

 

 

ピピピ ピピピ

 

 

携帯のアラームで目が覚める。

周りを見渡せば見慣れた自分の部屋。

 

「理樹君……」

 

何度理樹君の夢を見ただろう。

どれだけの時が経っても想いが消えることはない。

しかし想いが届かないまま世界は移り行く

 

何度目の朝だろう。

そして、どれだけの涙をこの朝に流したのだろう。

理樹君の夢から覚めるといつも涙が出る。

役目を終えた私はただ脇役であり、理樹君に深く干渉することは許されない。

 

理樹君は約束してくれた、迎えに来てくれると。

そして私は約束した、「おかえり」と迎えてあげると。

しかし私は知っていた、世界が変わるとき理樹君の記憶もリセットされることを。

 

私のことを思い出すはずなどない。そんなことは分かっているんだ。

その現実を目の辺りにしたときに私は自我を保っている事ができるのだろうか?

 

 

だから私はこの世界からの離脱を決意した。

ただの精神体となって世界を支え続ける決意を。

そして夜の教室に恭介氏を呼び出した。

 

 

 

「もう、決めたのか?」

「ああ」

 

恭介氏の問いかけに私は短く返事をする。

 

「いいのか? あいつ等が寂しがるぞ?」

「何度も言っているだろう、もう決めたんだ」

「…分かったよ。 お前が居なくなる当日まであいつ等には黙っとく」

「うむ、そうしてもらえると助かる」

「しかし、くるが」

 

プルルル、プルルル

夜の校舎に電子音が響く。

 

「誰だっ!?」

 

恭介氏が廊下に飛び出る。

 

「マズイな、誰かに聞かれちまった」

 

どうやらその誰かを見つけることができなかったらしい。

恭介氏が教室に戻ってくる。

 

「特定はできんのかね?」

「この世界では一般の生徒はありえないだろう? メンバーの誰かだろうな」

 

恭介氏の言う通り、この世界ではメンバー以外の人間が自由に動き回る事ができない。

私はふと教室の窓の外に目をやる。

 

「……理樹君?」

 

闇の中を駆け抜ける人影が私にはそう見えた。

 

「ん? 来ヶ谷、誰か居たのか?」

「いや、なんでもない」

 

別に誰だろうと関係はない。

暗闇の人影はもう見えなくなった。

 

教室の窓は鏡のように私を映し出した。

そこには初めて見る自分の姿があった。

 

自分で作った悲しみの海で溺れている……自分の姿が。

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ました私は違和感を覚えた。

 

「静かだな……」

 

時計に目をやると時刻は登校時間なんてとっくに過ぎていた。

なんでこの時間にアラームがなったのかは分からない。

まぁこの世界では学校に行く必要がないのだが、理樹君が学校に居る以上は私は行かなければならない。

私はキャストだからな。 理樹君が強くなるのを見届けなければならない。

重い身体に鞭を打ちベットから出て洗面所に向かう。

洗面所で鏡の前に立つ。鏡の中の自分はヒドイ顔をしていた。

泣いたせいで目は真っ赤。 髪もボサボサになっている。

こんなんじゃ理樹君に会えないな、と小さく笑う。

とりあえず顔を洗う為に蛇口を捻る。

顔を洗うと意識がハッキリしてきた。

そして重大なことに気が付く。

 

 

……なんで私はココにいるんだ?

 

 

私はこの世界から離脱したはずだった。

なぜ私は再びこの場所に戻ってきたんだ?

私自身が望んだとでも言うのか?

 

そこで、ハッとした。

 

「……恭介氏」

 

ヤツならやりかねない。

私をどうするつもりだ?

 

私は制服に着替えて部屋を飛び出した。

しかし部屋を出ると奇怪なことが起こっていた。

 

「なんだこれは?」

 

世界が揺れている。低い音を立てながら。

世界は揺れているのに、時間は止まっているような感じ。

そして、誰も居ない。

 

私はその揺れに足を取られながらも必死で走る。

廊下で何回か転んだが気にしていられない。

 

 

私は寮の外へ出た。

目の前に広がる世界は以前のような楽しげな雰囲気はない。

世界は白い光に侵食されていた。

 

私は止まらずに恭介氏が居るであろう校舎を目指した。

 

 

揺れは少しだけ治まり、楽に校舎に入れた。

私は階段を上がり、自分の教室を目指した。

幸い校舎内は原型を留めており、すぐに教室に着いた。

教室の中には椅子に座り、外を眺めている恭介氏の姿があった。

 おそらく、理樹君の席だ。

 

 

「どうした来ヶ谷、そんなに息を切らして」

 

恭介氏はこっちを振り向かずに言った。

 

「何が起こっている?」

 

私は額の汗を拭いながら恭介氏に近づく。

 

「世界が終わるんだ」

 

恭介氏は短く、ハッキリを答えた。

 

「またリセットするのか?」

 

しかし今まではこんなに世界が揺れる事がなかった。

分からないことだらけで頭が痛くなる。

 

「理樹と鈴が校門から戻ったんだ」

 

最初はどういう意味か理解ができなかった。

しかし「戻った」という言葉で恭介氏の言いたいことが理解できた。

 

「鈴君と理樹君は十分な強さを手に入れたんだな」

「ああ」

「そうか……良かったな」

 

良かったに違いない。

私たちは皆それを望んでいたのだから。

 

「恭介氏、なぜ私はここにいる?」

「ん? 俺にもわからん」

 

どうやら恭介氏の仕業ではないらしい。

しかし最後のこの時に来れて良かったと思う自分もいる。

 

「では、なぜ恭介氏は私たちの教室にいるんだ?」

「自分の教室よりコッチの方が落ち着くんだよ」

 

ははっと笑うが、恭介氏は未だにこちらを向こうとしない。

 

「なぁ恭介氏、レディにその態度は失礼じゃないかね」

「ああ、悪りぃな、少し待ってくれ」

 

声が少し震えているのが分かる。

 

「恭介氏……泣いてたのか?」

「うるせぇ」

「君は強がりだな」

「ふん、お前ほどではねぇよ」

 

まぁ冗談が言える元気があるのなら安心だ。

 

「ほう、私がいつ強がったと?」

 

その冗談に乗ることにした。

 

「お前と理樹の世界が終わってからずっとだ」

 「……なに?」

 

冗談かと思ったがどうやら違ったらしい。

 

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味だ、ずっと強がって挙句の果てには逃げ出したっけな」

 

私の中で何かが切れる音がした。

私は恭介氏の胸倉を掴んで引っ張りあげる。

 

「貴様、殺されたいのか?」

「好きにしろ、もう死んでるけどな」

 

その言葉は更に私を刺激した。

 

「私がいつ強がった!? あの離脱には後悔はしていないし強がりなどでもないっ!!」

 

大声を出してしまった。

しかし恭介氏は微動だにしない。

恭介氏はまっすぐと私の目を見て言った。

 

「じゃあ、何で泣いてるんだよ?」

「何を言っている、私は泣いてなどな……」

 

恭介氏の言葉は紛れもない真実だった。

私は後悔しているのか?

理樹君たちの最後を見れなかったことを?

分からない、なぜ私は泣いているんだ?

 

「あのな来ヶ谷、お前が離脱した後の世界のこと知ってるか?」

「私が知っているわけないだろう」

 

私は離脱した後の記憶はない。

自分が何処にいたのかも覚えていないんだ。

 

私はゆっくりと恭介氏から手を離した。

 

「理樹はお前がいなくなった直後に思い出したんだよ」

「何をだ?」

「お前との世界のことさ」

「ふん、馬鹿にしているのか? 世界が変わるごとに記憶もリセットしているのは恭介氏自身だろう?」

「その通りだ。 だがな、理樹は毎日放送室に通ってた」

「なぜだ?」

「理樹はな、お前が離脱した日から毎日放送室でお前の帰りを待ってたんだ」

 

そんな言葉を信じられるわけがない。

だって、私は……

 

「俺が何言ったってな、大丈夫、唯湖さんは帰ってくるから、約束したからって言ってやめないんだよ」

「……嘘だ」

 

いや、嘘であってくれ。

 

「嘘じゃない、あの日理樹が放送室で流した曲はお前も知ってるはずだ」

「曲?」

「ま、自分で確かめに行ってみろ」

 

恭介氏は立ち上がる。

 

「恭介氏はこれからどうするつもりだ?」

「俺ら二人以外のメンバーは元の世界に戻った。俺も行くつもりだ」

 

元の世界とは事故現場のことだ。

 

「私たちは死ぬのか?」

「分からん」

 

 

恭介氏は寂しげに答えた。

 

「なぁに、心配すんな!」

 

くしゃくしゃっと私の頭を撫でた。

 

「な、何をす…」

 

その手を振り払い恭介氏を見る。

そこには、さっきの泣きっ面の恭介氏とは違い、私たちのリーダーの笑顔があった

 

「また、会えるさ」

 

笑顔が眩しいって言うのはこういう事を言うのだろうか。

何も疑っていない、澄み切ったその瞳で言われた信じてしまうだろう?

 

「ああ、そうだな」

 

私もそう答えた。

だって本当にまた会える気がしたから。

 

「さっきはヒドイ事言って悪かったな」

 

恭介氏はそれだけ言い残して教室を出て行った。

 

窓の外は真っ白になっていた。

もうコノ世界の終わりが近いらしい。

 

私は放送室へ向かうことにした。

 

 

ドアを開けるとそこには懐かしい風景があった。

 

未だに使い方がよく分からない機械たち。

理樹君とじゃれあった椅子。

色んな音を奏でた電子ピアノ。 

私が持ち込んだ雑誌や、放送に使ったCD。

 

放送用のCDデッキには、既にCDがセットされていた。

こんな壊れかけの世界で動くか分からないが、デッキの再生ボタンを押してみる。

高速でディスクが回っている音がする。

やがて曲が流れ出す。

 

 

 

愛しい人泣かないで、笑ってみせて
涙がみたくて「好き」って言ったんじゃないんだよ?

愛しい人大丈夫、淋しくなんかないでしょう
だって貴方が淋しい時、僕も淋しいんだよ?

愛しい人とじた目を、まだあけちゃ駄目だかんね
そのまま、そのままって寝ちゃ駄目だよ。

愛しい人

「貴方の為なら死ねる」じゃなくて「貴方の為に生きる」事にしたよ
もちろん貴方もご一緒に。
この先も、その先も。

もっと自分愛してやりなよ、僕はその余った分でいーから。

愛し、愛しい人

たとえ生まれ変わったとしても、僕は「この」僕でいるから貴方も「その」貴方でいてね。

そして、また同じ台詞言うんだ。
ずっと、ずぅっと。

愛しい人ゆっくりその目あけてごらんよ。
いつもと同じでしょう?
それでいいんだよ。

 

 

 

曲が流れるのと同時に私の目から大粒の涙も流れ出した。

その曲は理樹君が良く聞いていた「二人の曲」だった。

 

理樹君は自分達のことみたいだと気に入っていた。

毎日、ここで二人で聞いていた。

 

 

理樹君への想いがあふれ出す。

強がって押さえ込んでいた想いが。

 

同時に自分がしてしまったことに後悔する。

 

理樹君はここで毎日私を待っていた。

なのに私は世界から離脱した。

 

理樹君は約束を守ってくれた。

私は約束を信じれなかった。

 

理樹君は私を好きでいてくれた。

私はその想いを置き去りにした。

 

 

 

 

世界が歪んでいるのが分かる。

私ももうすぐ消えるんだろうな。

 

だんだん意識が遠くなっていく。

 

 

 

現実の世界に引き戻される。

 

 

 

 

 

残酷な今に私は戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

理樹君? 約束だ。

私はずっとここにいる。

だからな、だから……また愛してくれないか?

 

私も君を愛すから……

なぁ、私の愛しい人、お願いだよ

 

 

 

 

 

 

続く