大阪府富田林市にある喜志の歴史・文化・自然の紹介です
河州喜志村覚書帳
Kasyuu Kisimura Oboegakityo


2006.8.17開設
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■喜志の歴史覚え書き……
川面町に住んでいた「春やん」と呼ばれていた古老は、酒好きで喧嘩好き。そんな春やんが酔うと、きまって「おい、知っとるか……?」の言葉で、喜志や富田林の歴史の話をし出しました。
「日本の中心は喜志だった」と言い続けた春やん。富田林の歴史……というと、どうしても寺内町が中心ですが、その寺内町を創った集団が、周りにはたくさんありました。文献に語られることの無い、名も無き庶民と民衆の歴史です。
「歴史は語ってこそ歴史や!」と言い続けた、名も無き村の古老の話を、後世に残すのも、同じく名も無き我が責任と思って、まとめています。


 ○古代編 ・縄文の土器  ・喜志は岸
 ○飛鳥編 ・コンクノタイコウ
      ・太陽の道(蘇我氏の陰謀)
      ・ちぬの道(竹之内峠) 
        ・大津皇子とお姉ちゃん
 ○奈良編 ・聖武天皇漫遊記 ・桜井町弘法大師恵みの井戸 
 ○平安編 ・川面町北向き地蔵(藤原道長の精進落し)
         八幡太郎は恐ろしや
 ○鎌倉編 ・願わくば(大深の西行桜)・泣くこと地頭には
 
    ……以下随時更新中です! 



■喜志の自然……

喜志の東部を流れる石川の自然が中心です。

 ○石川の今昔……懐かしい写真
 ○石川の魚図鑑……絶滅しつつある魚がかなりいます
 ○石川の今……・石川堤の桜街道 ・石川大清掃


■喜志の祭り
……
かつては喧嘩だんじりと言われた喜志地区の「だんじり」と秋祭りの歴史の考察。即興で演じられる「俄芝居(にわかしばい)の紹介です。

 ○だんじりのはじまり
 ○俄だんじり
 ○喧嘩だんじり
 ○秋祭り再現



* ご注意
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★このホームページは、管理人が、かつて「富田林市喜志川面町」という名で掲載したものを再編したものです。
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■ホームページ概要
大阪府の南部、南河内。大和川の支流の石川と羽曳野丘陵に挟まれた地に喜志という村がありました。現在は、宮町・桜井町・喜志町・喜志新家町・平町・川面町・木戸山町に別れていますが、かつては、この七つの村で、大阪でも珍しい「喜志」という惣郷(惣村が連合したもので、共和国のようなもの)を形成していました。
このホームページは喜志村の中の川面(かわづら)にいた一人の古老から聞いた喜志の話をまとめたものが中心です。
加えて、現代の喜志地区の自然や祭り、秋祭りでの「にわか」も紹介しています。


■喜志の地図■


  
    
    ▼ヤフー地図で見る
    ▼国土地理院の地図で見る
    


        

■リンク(素材お借りしました)