長与町のJR本川内駅近くの山に見える三つの大きな岩があります。地元の人なら知っているでしょうが、通るだけの人なら大きな岩山だなとしか認識は無いかも知れません。私は以前から行ってみたい気持ちもあり、ようやく行って参りました。

稗ノ岳と言う名の山で、すぐ側まで軽とか2輪なら行けますが、お勧めはしません。危険かも?

 

〜タンタン岩〜

◆たんたん岩の杢太郎

屏風岩だそうです

先端はマジ怖い!

ようやく最後の山、仙吾岳へと到着です。仙吾岳の由来は分からないらしく、俗界を離れて仙人みたいな人が住んでいたと考えれば面白い。と看板に書いてありました。実際、仙吾岳は大きな石が多く何かの跡みたいな場所もあり、人工的に並べられた大きな石が見られます。人が住んでいた跡なのか?山城みたいなのがあったのか?

 

〜仙吾岳〜

ようやくタンタン岩への分岐点です。山の頂上なのかと思いきや・・・これから少し斜面を下ります。

ここがタンタン岩です。

雨水のしたたる音がタンタン聞こえたからとか?


その昔、村の役人の子で「杢太郎」というとても勇敢な子供がいた。杢太郎は毎日武術の稽古に励み、その帰りに裏山にそびえる「たんたん岩」に登るのが日課になっていた。
ある日、杢太郎がいつものようにたんたん岩を登っていると、地鳴りと共に目の前が真っ暗になり、杢太郎の体を何かが締め付けてくる。すると岩の中から「これは鞍馬揚心流の絞め技だ。この苦しさを覚えておけ。これから世は乱れてくる。おまえは村を出て鞍馬に向かい、揚心流の修行をするのだ」と声がする。正気に戻って辺りを見ると、一羽の黒い烏が飛び去るのが見えた。
それから七年後、杢太郎は修行を終え、たくましい姿で村に戻ってきた。その頃世は乱れ、村でも悪事は絶えなかった。杢太郎は揚心流の絞め技を用い、決して相手の命を取ることなく悪人を捕まえていった。それからというもの村は七年前と同じように平和でのどかな村になったという。 ( 長与町の民話より)

丸田岳展望所です。

 

長与町 丸田岳周辺

    〜稗ノ岳〜

岩の上が稗ノ岳山頂?6/6に再チャレンジ?岩の上に登ってきました。崖にロープが下がっており、それと木や木の根を使いよじ登ります。落ちたら無事ではすまないです。カメラを持っては登れない為に画像はありませんが、素晴らしい眺めでした。

 

稗ノ岳神社です。ほんと綺麗に手入れをされております。

〜丸田岳〜

とりあえずは、丸田岳へ登るため2輪で行ける所まで来てみました。

『寛永15(西暦1639)年,長崎市の烽火山に烽火台が設けられ,長崎に異変があったとき,琴ノ尾岳→彼杵→高来の烽火台を経て太宰府へ伝えられた。
 ここの烽火台は長崎から琴ノ尾岳への中継地として使われたものと推察される。
 文化6(西暦1810)年「曇天で雲霧深き時分は分明に通じかねる」と申し出があり,それよりこれを止め飛脚をもって通じるようになった。』(説明板より)

丸田岳烽火台跡です。琴の尾岳の烽火台跡と比べると小さいです。

山歩きはしても山に登るのは久しぶりです。大丈夫か?単独だぞ!イノシシ出るかも?

実際、何しに行くのか?クワ採りじゃなかったのか?いつ、山登りになったんだ?