・パキスタンの外交政策

独立以来、アメリカとの協力・同盟関係を維持しながら、カシミール問題で激しく争うインドに対抗するのがパキスタンの一貫した外交政策である。インドに対抗して、カーン博士の指導のもと、1998年には地下核実験を実施し、ミサイル発射実験などを行った。インドと共に核保有国の一つである。

東隣の大国インドとは北東部のカシミール地方の所属を巡って争っている。1948年以来3度の全面戦争を経験し、特に1971年の第3次印パ戦争では大敗した。その結果、独立運動に呼応したインド軍の侵攻を受けた東パキスタンをバングラデシュとして失うことになった。その後もインドとの間では常に緊張関係が続き、軍事境界線で南北に分断されたカシミールでは両国軍の間で死者を伴う散発的な衝突が日常化していたが、ムシャラフ政権は南アジア地域協力連合を通じた緊張緩和に努めており、その成果は徐々に現れてきている。

パキスタンは独立以来、アメリカ合衆国の軍事支援を受け入れている。アメリカにとっては非同盟主義のインドと友好関係が深いソビエト連邦への対抗上、またイスラーム革命を起こしてアメリカと激しく対立するイランの封じ込め策として、パキスタンは重要な支援対象国家である。パキスタン側もこの点は承知しており、クーデターなどで政権交代が起こっても親米路線は堅持されている。1990年、東西冷戦の終結が唱えられる中、アメリカのジョージ・ブッシュ(父)政権はパキスタンによる核開発疑惑を理由に軍事援助を停止したが、1996年にはビル・クリントン政権によって再開されている。

また、中華人民共和国との関係も深い。中国とはインドへの対抗で利害が一致しており、パキスタンはミサイル技術供与などの軍事援助などを受け、核兵器開発についても支援が指摘されている。また、北部地域と中国の新疆ウイグル自治区との間はカラコルム・ハイウェイで結ばれており、トラック輸送による国境貿易が行われている。

国内でのイスラム原理主義運動を抑え込む一方、アフガニスタンに関しては1979年に始まったソビエト連邦の侵攻で反政府ゲリラのムジャーヒディーンを助け、厳格な原理主義のターリバーンを発足から政権樹立まで強力に支援した。しかし、ターリバーンがかくまうアルカーイダがアメリカ同時多発テロ事件を起こした事から始まった2001年のアメリカのアフガニスタン侵攻ではムシャラフ政権がアメリカ支持を表明し、ジョージ・ブッシュ(子)政権からF-16戦闘機供与を含む巨額の軍事・経済援助を受けた。これに対し、イスラム原理主義者をはじめ、イスラム教徒に対するキリスト教国の攻撃に反感を持つ多くの国民から不満が増大し、パキスタン国内では多くの抗議行動が起こった。

日本との関係は1958年の外交関係樹立以来おおむね良好で、2002年にはムシャラフ大統領が来日した。2005年4月には小泉純一郎首相が日本の首相として5年ぶりにパキスタンを訪問し、核実験以来停止されていた有償資金援助が開始された。ただし、同年10月のパキスタン地震では、首都イスラーマーバードのアパート崩壊により国際協力機構(JICA)の日本人技術者が息子と共に死亡する事故も起こっている。

また、貿易収支は日本側の大幅な黒字であり、日本からの投資はインドと比較するとかなり少ない。これは不安定な政治とインフレ経済が嫌われたものである。

 

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