エピソード<おまけ>




            

 

       

 昌は呼び出しを受けて社長室にいた。

 昌が帆乃香に渡した言葉(詩)にシオンが曲をつけ、帆乃香が歌った。それが社長の耳に入った。




 ――――高校へ行け。
 
 中澤は重い声で言った。
 他にも書き溜めた言葉があるなら見せてみろ、と言われ、その通りにしたあとだった。ノートを閉じ中澤は続けた。

「今より自分の想いを形にする手法を身に付けたいと思わないか? 心の声を表現するには経験や感性だけじゃ足りないぞ。勉強がすべてとは言わない。だが知識はあればあるだけおまえの力になってくれる。もっと知りたくないか? おまえの心の中にあるものをより的確に表現する言葉を」

 夜明けまで心にある言葉たちを紡いだあの日から、気持ちをうまく表現する言葉がみつからないもどかしさに何度もノートを破いてきた。だからこそ中澤の言葉が深く胸に入ってきた。

「高校に行けば、――大学に行けば、自分の表現方法にイライラしなくてよくなるの? この気持ちをちゃんと表す言葉をみつけることができるの?」
 切羽詰まった声に昌自身が驚いた。
 昌の中で、答えはすでに出ているのだ。
「少なくとも今よりは。あとはおまえ次第だ」
「……」
 中澤の答えは欲しかったものではなかったが、昌は迷わなかった。
「なら行く」
 昌の決断を知っていたように中澤は頷く。
「分かった。すぐに手続きを取ろう」


 そうして中澤の言葉どおり昌は数日後に高校生となった。
 公表していた年齢より下だったことに帆乃香たちは驚いていたがすぐに意識しなくなったようで、昌への態度は普段と変わらなくなった。




 佐藤太郎は事務所にも慣れ、日々楽しそうにしている。
 デビューは先のようだが夢をあきらめていた頃を思い出せばなんの焦りもない、と言っていた。この頃は、帆乃香のデビューアルバムに昌の作詞曲があることを知り、顔を合わせるたびに、
「鈴木さん、俺にも歌詞書いてよ」
 としつこい。
 無理無理無理。と逃げ回っているが、いつか書いてもいいかなとは思っているのだった。


 シオンは『クロムプロモーション』には入らなかった。別の場所で頑張るらしい。いつか自分の力でバンドを有名にして、それから帆乃香をゲストに招いてコラボするのだそうだ。『featuring HONOKA』というやつだ。帆乃香はそれを待つと言っている。きっと、そんなに時間を掛けずに実現するだろうとも。帆乃香や佐藤太郎とともにシオンのライヴに行った昌もそれを確信している。


 千穂が主演のドラマはもうすぐはじまる。
 今、千穂の周辺は静かなものだか第一話が放映されたらそれも変わるだろう。千穂の魅力にいろんな人が気づきはじめる。もっと彼女を見ていたい、もっと。今に千穂の時代がくるはずだ。


 帆乃香も正式デビューまでカウントダウンが入った。
 『高架下の歌姫』同様、正体を明かさずに少しずつ様々なメディアで曲を流す戦法が取られたため、じわりじわりと話題になっている。帆乃香なら近い将来、満員の武道館で思う存分、歌うだろう。


 実紗はというと――
 今、日本で一番好感度が高い女優である。“国民的ヒーローが愛した女”という枠を超え、年代性別に関係なく人気がある。美しすぎる容姿を持ちながら清楚で健気。そのイメージが受けているのだ。

 昌たちは実紗に妊娠の真相を訊ねなかった。誰も口には出さないけれどオフィスドクターでもある例の診療所で処置をしたことは明白だった。それでも昌たちは記者会見で釈明したことを“ほんとうのこと”にする。

 一度だけ、実紗が“告白”をした。周りに昌以外の誰もいないときだった。
 実紗は他の誰にも見せないちょっと“スレた”表情で囁くように言った。
「ほんとうはね、もうひとつシナリオがあったの。彼の言うとおり子供を産んで奥さんになる。彼はメジャーに挑戦するって公言しているしいずれ必ずそうなるだろうから、私は世間でいうところのセレブになるわけよね。華麗なる日常をブログにして出版を重ねるのもアリだし、ジュエリーのデザインを手掛けても成功するだろうし、富裕層向けの雑誌で表紙を飾ることも簡単で、暇つぶしにエッセイを書いても売れちゃうはず。みんなが『阿国隆也の妻』の私生活に興味津々だから。そういう人生も勝ち組なんだろうなって考えた。だけどね、自分の夢や可能性とそれを天秤にかけて、私は今の私を選んだ。やっぱり私、自己顕示欲が強いのね」

「……あんたに後悔がないなら、いいじゃん」
 ないんでしょ?
 断言してから、続けて聞いた。
「毎日忙しいよ」
「……よかったじゃん」

 実紗は昌の質問に答えを出さなかった。だから昌もそれ以上は聞かなかった。イエスでもノーでもない、まだ言葉にはできない、それが実紗の気持ちなんだと理解した。


 余談だが、実紗は社長の姪であった。
 あるとき、実紗が「昌、いいこと教えてあげる」と耳打ちしてきた。
 ――――私と社長、血が繋がってるから心配しないで。

「!」
 最初の芸能界入りには、反対する両親に隠れて秘密裏に動いたため中澤を頼ることができなかったのだそうだ。もう一度再出発したいと思ったとき今度こそは伯父の事務所でと、自ら願い出たのだという。みんなが言っていた、“実紗はスカウトじゃない”の、これが真相だった。


「まあ、頑張りなさいよ、昌」
 実紗はまた、他の人間には見せないにやり、とした顔を向けてくる。
「社長の守備範囲広いから、昌でもなんとかなるんじゃない?」
「“でも”、ってなによ」
「十九才になったら勝負かけてみたら、ってことよ。じゃあね」
 言うだけ言って実紗は去っていった。忙しいためこれ以上昌と“遊んで”はいられないそうだ。ったく、勝手なこと言って……。と思いながら、気がつけば十九才まであと何年だ? と指折り数えている自分がいた。少し、笑えた。


 とにかく、
 そんな風に、みんな頑張っている。

 仲間たちを見送る格好になった昌も、未来に向かっている手応えは感じている。学校に行きながら与えられたタレント活動をこなし、レッスンをする。その繰り返しでも腐ってはいない。


    
 
 空を見上げた。

 冬なのに秋のような東京の空は張りつめた空気も雪が舞う気配もなく、これから夏がくると言われても信じてしまいそうなほど穏やかだ。

 自分が“何者になれるか”を知りたくて東京へ来て四ヶ月。
 遅いような気もするしあっという間だった気もする。だけどひとつだけ確かなことは、あの頃と同じ自分はどこにもいないということだ。昌の身体を包んでいる新しい制服のように、気がつけば馴染んでいる。気がつけば、仲間ができ、ライバルができ、恋もしている。気がつけば、ちょっとだけ成長している。そういうのが、なんだか大事なのだという気がする。

 “気がつけば”。
 ――――うん。いい言葉だ。

 昌は嬉しくなる。
 あとで、ノートに書き留めておこう。
 
 にやにやして俯いてから、ふいに空を仰ぎ見た。
 なんだか今、空が笑った気がした。











 ここまでお読みいただき本当に嬉しく思います。
 ありがとうございました。
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