警視庁予備隊・ダッジ3/4トン・ウエポンキャリア






皆が「昭和」を振り返る時代


『MPのジープから見た占領下の東京』(原田弘氏著・草思社・1994年)を読了。結局MPシボレーの塗色が白/黒か、白/オーリーブドラブなのかはわからずじまいでしたが、東京の街の戦後すぐからの様子を知るにつけ、2005年が「戦後60年」になる、という感慨をあらたにしました。この60年で、いかに東京や「日本」が変わったか、ということにあらためて驚きます。

食玩などでは「昭和」ブームが続いているようです。ジャスコで「昭和情景博物館」第2シリーズを見つけ、5個も買ったのに、結局建物は1個しか出ず、同じ路面電車ばかり4つも出ました。クリスマスの夜には小田和正が何故か「神田川」を歌ってました。まるで時代と社会の全体が「昭和」の方を向いているようです。前にばかり急ごうとする時代に対して「ノスタルジック」というテーマを持ったつもりなのに、時代そのものに後ろの方を振り返られてしまうと、困ってしまいます。
当サイトのカテゴリーの中では、「マッチボックス」だけに新製品が到着しています。

日本の警察で広く使われていた(らしい)米軍用車両
昭和30年代で止まっていた「ノスタルジック・パトロールカー」も、ついに昭和20年代に突入。
でもさすがにこれより前はもうありません。
話の発端は、『神奈川県警察史』下巻(神奈川県警察本部・昭和49年3月30日発行)第三章・県警察の組織と発展・1184ページ「警察車両数並びに舟艇数比較表」の中に「ウエボンキャリア・22両」(昭和34年12月31日現在)という項目を見つけたことによります。
(下表の左半分。「ウエポン」でなく「ウエボン」と書いてあります。さすがに昭和40年末では退役しています。)


払い下げシボレーなどの脈絡から言って、これは間違いなくダッジ3/4トン、WC-51〜52系列と考えていたところが、「ふくおかほんぶ」様から、『警視庁警備部発行の「あゆみ-機動隊創設40周年記念特集」(昭和63年発行)を見ますと昭和25 年頃の点検風景後方に車庫に並んでいる予備隊(機動隊の前身)輸送車がニッサン180型トラックや3/4tキャリヤーがあり』という書き込みをいただきました。
塗色がオリーブドラブのままか、警察グレーか、と考えあぐねていた点についても、『全て白一色塗装です。前部ウインドウ上部に点滅式の赤色灯が装着されています。機動隊輸送車は60年安保頃迄は「雪白の輸送車」と隊歌にあるように原則白塗りが基本だったようです。』という情報をいただきました。

確かに『出動の歌』1番に、以下の歌詞がありました。
『熱血に 誓いも固き 四千の 希望は踊る 雪白の 輸送車こそは 警視庁 鎮めの先駆 
おお 都路の 治安の華ぞ ああ 正義 われら機動隊』

さらに同じく『神奈川県警察史』下巻・第二章・警察の民主化と自治体警察』558ページ「川崎市警察施設装備一覧表(昭和28年12月末日現在)」(上の表の右半分)中には「3/4屯」「11/2屯」の記載があります。「3/4屯」はWC-51〜52系列、「11/2屯」は「2分の11」ではなく、1.5トンの意味で、これは6輪駆動のWC-62〜63系列と推測できます。いずれにしても相当量の米軍払い下げ車両が日本の警察で、それも昭和30年代に入っても使われていたことをうかがわせるに十分です。(ちなみに「3/4」は「スリー・クォーター」「1・1/2」は「ワン・アンド・ア・ハーフ」(ワナハーフと聞こえる)と呼ばれるようです。)

※戦後の警察法施行は昭和22年12月17日ですが、「自治体警察」と「国家地方警察」が並存していたために、昭和28年12月時点では「川崎市警察」があり、かつ警視庁の管轄は東京23区内でした。昭和29年6月8日の改正警察法によって、これらは現行の「都道府県警察」に統一されることになります。

使用キットは、それ自体が「ノスタルジック」な旧マックス金型


どうしてダッジ3/4トンに目が行くか、というと、そのまま作ることのできるプラキットがあるからなんですね。トヨペットクラウンのボンネットをノコギリで切ることを思えば、夢のような話です。

使用キットはイタレリ製・1/35、日本の旧「マックス模型」の金型が、トミーにわたり、トミーがプラモデルから撤退するにあたって、当時提携関係にあったイタリア・イタレリ社に渡った金型です。
マックス製品として発売されたのが1974年頃だったのではないかと記憶しています。
ウエポンキャリア(兵器運搬車)は、ウインチなしWC-51とウインチ付きWC-52のコンバーチブル、その後WC-56〜57・コマンド&リコナッサンス(指揮・偵察車)、37mm対戦車自走砲M6(WC-55)、WC-62〜63・6輪パーソネル&カーゴが発売され、やがてマックスは営業停止、開発中だったWC-54・アンビュランス(野戦救急車)はマックスから発売されることはなく、トミー・ブランドとして発売されました。

イタレリ製品は、幌パーツ、2体のフィギュアなど、ほぼマックス時代のモールドのままですけれど、マックス時代にはWC-51〜52にはカーゴトレーラーが、WC-56・コマンド&リコナッサンスにはウォーター・タンク・トレーラーが付属していたと記憶しています。イタレリ版ではこれがオミットされ、トレーラー2点だけが別売りされました。警視庁予備隊車両としては、ウォータータンカー(水槽トレーラー)を引かせてもいいか、と思うのですが、入手できていません。

現在では「スカイボー」製の、もっといい(エンジン内蔵)1/35キットがあるようですが、とにかく棚に積んであるキットの箱をひとつ減らせる、ということで、イタレリのこのキットを使うことにしました。

WC-51〜52ウエポンキャリア、、WC-56〜58指揮偵察車(WC-58はレイディオ・リコナッサンス すなわち無線指揮偵察車)、WC-59/K-50、WC-61/K-50B電話線工事車(テレフォーン・メインテナンス&インステレイション)等をひっくるめて3/4トン系列全体を「T214」と呼ぶことがありますが、Tナンバーは「エンジニアリング・シンボル」、WCナンバーは「セールス・シンボル」と言い方で区別されていたようです。T214系列全体での生産数は(何と)250万両で、確かにこれなら払い下げるに十分な数だったでしょう。WC-62〜63・1.5トン車は当然「エンジニアリング・シンボル」が異なり、T223になります。3/4トン・ウエポンキャリアのデザインは、後に自衛隊に採用される国産HQ15型などに引き継がれることになります。
『雪白』の姿になってイメージ一新


多くの県警察・市警察で使用されたと考えられるものの、その中でも特に警視庁予備隊の「雪白」の車両を作ってみることにします。
特に重大な改造を施す必要はないのですが、なんといっても問題は白塗装にあります。かなり濃いダークグリーンで成型されているパーツを「雪白」にまで持っていかなければならないので、「スーパーホワイト」をかなり塗り重ねる必要がありました。

それにしても、払い下げ車をどういう工程で白塗装したでしょうか。戦場であればオリーブドラブの上に、ちゃんとしたマスキングもしないで(アルデンヌ戦での冬季迷彩のように)白塗料をオーバースプレーしたかもしれないですが、一応ケジメをつけて日本警察に引渡されたわけですから、部品のオーバーホールも兼ねて、整備工場で再塗装された、といった状況を仮定しました。
ですから足周りを黒で、バンパーを含むキャブ/ボディを白で、キチンと塗り分けてあります。
フェンダー裏も黒としました。タイヤまで同じ黒で塗ってしまったのが失敗で、少しグレーを入れた別の色にすればよかった、と後悔しています。
「組みづらい」という評判はあったものの、個人的には好きなキット


予備隊使用、つまり都市警備が主任務ということで、「ウインチなし」のWC-51を選択。ウインチというのはオフロードでの悪路脱出が基本機能だからです。
WC-51の前面ウインドは、MBジープと同じような起倒式ですが、これを廃して固定式に改造したと仮定し、ウインド頂部に点滅式赤色灯、左右に腕木式方向指示器を追加しました。

灯火類では、ヘッドライトはそのままですが、左右フェンダー上のブラックアウト・マーカーライト
(「管制前照灯」と訳され、灯火管制下でコンボイを組んで走行する際に、前車との車間距離を保つための装備)、およびブラックアウト・シングルライト(左フェンダー上の灯火管制用灯火)を撤去しました。これらはいずれも戦場での夜間行動を秘諾するために必要な装備で、戦後民主警察の車両としてはもはや必要ないと考えたためです。(ただし警察予備隊(後の自衛隊)から仕様提示のあった三菱ジープやニッサンパトロール4W60は管制前照灯を持っています。「警察予備隊」と言いつつ、当初から前線での戦闘行動を想定していることが明らかですね。)

左フェンダー上にモーターサイレンを設置。車体後部の管制制動灯やリフレクターはそのままです。リフレクターは車体後部は赤、側面はオレンジになります。やはり日本のクルマに比べれば保安関係の装備が充実しているのは、アメリカでは戦中からそれだけクルマが多く、交通事故なども多かったからでしょう。欧州に上陸した米軍は、いったん左側通行・右ハンドルのイギリス国内を通過して行かなければならなかった、というようなこともあります。

警察車両としては保安関係装備をさらに充実させよう、ということで、ラジエータ・グリルからステイを張り出させ、左右フェンダーミラーを追加。これは後年のトヨタ製4WDの消防車の例を参考にしました。キットでは、左ハンドルのため、左側に丸いミラーが付くのみでした。
グリル上には、「らしく」するために警察エンブレム(旭日章)を付けてしまいましたが、昭和20年代の警察車両は旭日章を付けていないようです。

ラジエータ・グリルや、ヘッドライト・ガードの格子は実車ではもっと細いですが、「マックス模型」に敬意を表して、削ったりせず、キットのパーツのままで残しました。
ワイパーも太すぎるのですが、これもキットのままです。
荷台シートに乗っての部隊移動は乗り心地が悪そう


幌パーツは着脱式にして遊べるようにします。実車では幌の四隅はヒモで車体側のフックに個縛されますが、着脱式にしたためにこの表現は省略。
車体が白なので、幌の色は薄めに塗ることにしました。

荷台に木製のシートを追加。これは「Warmachines Plus, Military Photo File Volunme 1, by Willy Peeters, Verlinden Publications,Belgium 1992」16ページの写真で、「カーゴ・コンパートメントのトループ・シート」として木製シートの状況が確認できたからです。キットには背当てしかなく、このパーツは含まれていませんでした。
『MPのジープから見た占領下の東京』には、ジープの後部座席に1日乗っているとひどい目に合う、ということが書かれていますが、ウエポンキャリアのこの荷台シートで部隊移動するのもかなりの難儀でしょう。人間は「ウエポン」じゃありませんから。「座布団持参」の必要がありそうです。リアゲートは開閉可能です。



燃料携行缶は 出動中に奪われると危険!!


パーツとして用意されている燃料携行缶(ジェリカン)、工具類などは付けませんでした。警備出動中にガソリン缶やオノ・ツルハシを奪われないように「警備」していなければならなくなると思われたからです。余分な仕事は増やさないことが肝要です。
助手席側(左ハンドルなので、すなわち右側)に消火器を追加してみました。

マーキングはフィクション
バンパー上のマーキングは私のフィクションです。米軍車両はバンパー上に部隊所属を明記しており、「1△16E☆A10」 といった表記をします。△はAの意味で「アーマード」、Eは「エンジニア」の意味で、第1機甲師団・第16工兵大隊・A中隊・10号車 といった具合です。
同様に「101AB-326E☆C6」は第101空挺師団・第326降下工兵大隊・C中隊6号車となります。
この方式を予備隊で採用したと仮定し、「予中 本3」(予備隊中央区隊・本部第3小隊)という表示をしてみました。(中央区隊本部にMPライダー隊である「MP小隊」もあったということです。)
設定年代は昭和25年ですが、この頃のナンバープレートは「ひらがな」記号のない5桁番号を付けています。



警視庁予備隊の発足は昭和23年5月25日、警察機構改正で警視庁の定員が7,600名に増員された際に設置され、警視庁は部隊名称を「警備隊」としたかったものの、GHQが難色を示したたために「予備隊」(リザーブ・フォース)の名称になった、ということです。中央区隊・南部区隊・西部区隊・東部区隊の4区隊に分かれ、中央・東部は5月25日、南部は8月4日、西部は24年3月7日の発足となります。(『MPのジープから見た占領下の東京』53-54ページ。)
前述の『あゆみ-機動隊創設40周年記念特集』中の「昭和25年頃の点検風景」というのは、したがって予備隊発足後間もない時期、ということになり、3/4トン車を使用しているのもうなづけます。
写真に写っているとされる「ニッサン180型」は昭和16年〜19年に生産された1.5トントラックで、戦後になってもかなり使用されたようです。このことをもってしても、車両調達にはかなり苦労したことが偲ばれます。
「ニッサン180型」は軍用トラックということでは1/35キットがあってもしかるべきなのですが、日本のメーカーは、ドイツものに関する限りは、オーストリア製シュタイアー1500A指揮官車、などというかなりマイナーな車両を売り出すわりには、日本のクルマには極めて冷淡です。

警視庁自動車警邏隊の発足は昭和25年6月1日で、車種はオオタ、トヨペット、ダットサンの3台だった、とのこと。(『MPのジープから見た占領下の東京』106ページ。)
「トヨペット」は「SD」ベースのもので、これらは3台とも、『別冊1億人の昭和史・昭和自動車史』(毎日新聞社・1979年)の186ページに掲載されています。(これらの写真ではトヨペットはおそらく白一色。オオタ/ダットサンは白/黒の塗りわけで写っていますが、これらも就役当初は白一色だったかもしれません。)
警察官の制服は昭和23〜29年使用のもの


フィギュアはキット付属のものを無改造で使用。ヘルメットの代わりにエポキシパテ製の制帽を被せ、助手席の巡査部長に警杖を持たせただけです。制服は昭和23年〜29年使用のもの、巡査・巡査部長は袖に米軍のような山型階級章が付きます。(これは昭和29〜32年の制服でも踏襲され、昭和32年から廃止されました。)
昭和25年1月1日には、全警察官に対して拳銃(スミス&ウエッソン・0.45インチ口径リボルバー)が貸与されていますが、予備隊隊員ということで、帯革・拳銃ホルスターは付けませんでした。

老眼対策としては、「近眼鏡をはずせばいい」ということに思いいたり、最近は細部工作時にはメガネをはずします。それで少し模型製作のペースが上がったんですね。ただし気をつけないと、塗料ビンをひっくり返しますが…。同い年のW部長は既に「遠近両用」を使っているそうで、この前、からかってやりました。

警察車両らしく見えるでしょうか


少し設定年代がズレてしまいますが、トヨタパトロールFH/BH26とのツーショット。
前述『神奈川県警察史』の装備表を見る限り、昭和34年ならあり得ないラインアップではありません。
3/4トン車も白塗装と赤色灯だけで警察車両に見えてくるから不思議なものです。ブリキ玩具で「POLICE」の白いジープがずいぶんあるようですが、原型になっている実車があるということなのでしょう。
自転車の警察官は、タミヤ製のドイツ軍のセットに、ポーランド製「アベール」のエッチングパーツを組み込んだもの。最初スポークの付け方を間違えたために(プラ製タイヤ側のホイル直径のくり抜き方が足りなかった)、せっかく接着したスポークハブをもう一度とりはずすハメになり、スポークはぐにゃぐにゃになるわ、エッチング製各パーツは米粒より小さいわで、大変な目に合いました。
こちらの警察官の制服は昭和32年からのものとして作ってあるので、昭和25年状態ののウエポンキャリアとは年代が一致していません。

1.5トン6輪のWC-62〜63のキットも確保してあるので、これは警察グレーで作ってもいいかな、と思っているところです。MBジープ改造のニッサンパトロール4W60もやってみようと思います。

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