8月


8月31日 8月の終わりに。


息子の誕生日にははじめて両家でテーブルを囲んだ。

(いままでは学校とか空港とか、おとうさんだけ家に来たりとかだった。)


とっても楽しい食事会になった。

人付き合いより自然のほうが好き、というおかあさんが

わたしのことを〈友だち〉と思ってくれた。

2つの家族が1つになった瞬間だった。


食事会に関しては自信がもてるようになった。

仕事で色んな食事会を体験してきたのと、

母親の姿をずっと見てきて。

みんなに楽しんでもらえるように

オーガナイズできるようになった。


食事会も子育ても成功だった、という充実感で迎えた翌日――

ひさしぶりに息子から激しい批判を受けて。

食事会がうまくいったからといって

容赦なしの攻撃にめげました。


これがこの先、4年間、つづくかと思うと、

なるべく早くに下宿なり学生寮なり見つけて入ってほしい、

というのがホンネだった。


昨夜、ようやく話し合いで、なんとかギリギリわかってもらうことができた。

わたしの仕事が不甲斐ない、という話。

分厚い本を訳して自己満足するより、

ふつうに収入があったほうが家族のためにはよかった……


まぁ、それもそうではあるけれど、

わたしの10年間をいっしょうけんめい育てた息子に

全否定されるのはなによりも悲しくて、

必死で説明した。


もちろん、彼にだってほんとうはわかっているから

そんなむきになって反論しなくてもいいのに。


いちばんさいごに言われたのは

「おばあちゃんだったら、『もう、そんなのわからないわぁ…』って

すぐに言うから、かわいそうになって、もういいよ、と思うけど

さきちゃんはすごい言ってくるから」

=わたしはガ〜ッと言い返すから、

こんなに長いディスカッションになってしまうのだ、ということ。


かわいそうだから手加減しようと思わない

対等にディスカッションできる母。

これは彼なりの、ほんの少しの褒め言葉でもあった。


「何度も同じ会話するの、疲れるから、

いま話したこと覚えておいてね」と言ったけれど

2人とも忘れっぽいので、またきっと同じような

ディスカッションが繰り返されてしまうだろう。


というわけで、子育て終わった、バンザ〜イ! ではなくて、

書けなくなってしまいました。


人間ってほんとうにタイヘンだ。


それにしても、息子とわたしの討論は

わたしvsわたし、かと思うほど

似た者どうしなので譲り合わない。

誕生日の翌日に運悪くその場に居合わせてしまった彼女が

2人共、ほんとうにガンコだね、と呆れていたとか。


でも、ちゃんと話し合うのは大切なことだから。

わたしと息子はこれでいい。

楽しいことばかりでなくても。


わたしはわたしで親を見ていて

自分はこうはならない、と思って変えてきたことがあった。

息子がわたしを不甲斐ないと思うなら、

反面教師にして自分で変えていけばいい。

そうやって、少しずついい方向に向かっていけばいいんだから、

と話した。


さて、来週からは本格的に大学がはじまる。

すでに仲間もできて楽しそう。

充実した学生生活になりますように。


そして……

あんまりさきちゃんをいじめないで〜。


 

彼女がえらんでお母さんがプレゼントしてくれた花束と

これでおしまい、の誕生日オムレツ。






8月27日 誕生日前夜祭。
 

朝ごはんの準備をしていたら、マテアから電話があって、

「明日のトマのプレゼントを渡しておきたいんだけど……

トマ、いま、そこにいない?」と聞かれ、

一瞬、はて、あの子、いったいどこにいるんだったっけ??

と考えてしまった。


昨夜、アルバイトが終わって家でごはんを食べてから、

10時過ぎに彼女の家に泊まりにいったのだった。


グズグズしていてプレゼントを準備していなかったので

会社帰りの夫とCoffee Companyで作戦会議をして

ささっと揃える。


明日は外食なので、今日は残り物+お好み焼き。

夫がお好み焼きを焼き、わたしがおにぎりを握った。

食に関してだけは、たっぷりと愛情をかけて育てることができた。


「いっしょに食べるの、1週間ぶりだねぇ」という息子と晩ごはん。

「チョンシーファットさんとハイルブロンもおめでとう、って言ってたよ」と報告。


チョンシーファットさんは「おめでとう! キミはいまでもキレイだ」と言ってくれ

(先週、会ったときは「キミはますますキレイになるね」だった。

陽気なスリナム人らしいお世辞がうれしい)、

ハイルブロンさん(となりのちょっと有名人のおじさん)は

息子の彼女のことを「あのステキな娘」と言ってくれた。


そして今日はこの方の誕生日――

 

去年、息子の誕生日の1日前に生まれ、

「人生最大のショックだ」と息子を驚かせたZaza。

だいじに育てた娘の1歳の誕生日を祝う、息子特性のケーキ……

茹でたスパゲティは食べたけど、キュウリとイチゴはいらなかったらしく

ふつうに茶色いパンがいちばんおいしかったようだ。


夫はいつも、息子の年齢のときには自分はなにをしていたか、という

比較的発想をするけれど、

わたしにとってはマトリョーシカのように

いまの息子のなかにいろんな時代の息子が詰まっているような感じで

色んな時代の息子を比べてしまう。


父親と母親の発想のちがい。

母親はいつまでたっても

自分のおなかに入っていたものがこんなに大きくなったことが

不思議でならない。


そういえば、母に電話をして

「自分の子が18歳だなんて、すごいね!

子どもの子どもが大人だなんてね」と笑うと、

「そうねぇ、さきちゃんもそんな大人になったんだね」と笑っていた。


50前の娘でも、娘はやっぱり娘なんだ。


幼くかわいかった息子をマトリョーシカの中から出して

いまのしっかりした大人の息子のとなりに並べて

見てみたいな、と思う。


明日の朝はさいごに、

オムレツにケチャップで「18」と書こう(夫が)。

「考えてみたら、ケチャップで数字書くなんておかしいよね」と

息子が笑うので、「もうやめようか?」と言うと、

「いや、やって」とのことだったので、

これでさいご、子育て終了、の儀式にしよう。






8月26日 毎晩、アルバイトの息子。
 

遅めの朝に、目玉焼きを焼いて食べるのを楽しみにしている。

きのうよりもうまくできた、と喜んでいたら、

卵がべちゃっとパジャマに落ちて、

「なんで?! 楽しく食べてたのに……」と嘆くことに。

2人で大笑いした。


 

月曜日に友だちが手渡してくれたマークス&スペンサーのビスケットと

イギリスから送ってくれた同じくM&Sのおいしい紅茶。

ひさしぶりのミルクティーがほんとうにおいしかった。

甘みと塩味が絶妙のビスケット(malted milk biscuits)と、

至福のお茶の時間でした。


晩ごはんにはトンカツを焼いてもらう。

(フライパンで多めのオリーブオイルで。)

骨つきなので、ナイフフォークで。

ジューシーで、ぺろっと1枚、平らげる。


わたしの作った怪しげなスープは

ニンジン、西洋ネギ、ジャガイモ、茶色マッシュルーム入り。

ヒマラヤ岩塩、コショウ、マッシュルームスープの素、味噌味。

まずまずの味だった。


トマトを切って早々と食卓に運んでおいたら、

夫もトマトを切っていたので、いつもの2倍になった。


さて、「明日はまた筋肉痛だよ」とトレーナーに予告されたとおり

全身、筋肉痛なので、

ひさしぶりに食後のさんぽに行って、

体をほぐしてこよう。






8月25日 25年前、この空の向こうからやってきたんだ……


ジムに向かいながら、思った。



ポストに入っていたこの絵葉書をもって。

心に染みる言葉を書いて送ってくれたのは、

月曜日に会った友だち。


いっしょに中央駅のヘマで買ったカードの1枚で

わたしにお礼を書いて出してくれていたのだ。

(今日、届くなんて、オランダの郵便、乱れすぎ。)


「時に笑い、時に真剣に話せる友人がいることに、

とても幸せを感じます」という言葉。

歳がぜんぜんちがうのに、〈友人〉と言ってくれることが

ほんとうにうれしい。


Veel geluk! (たくさんのしあわせを!)

厳密には塩とコショウのセットは〈結婚〉のシンボルだけど……

広義に解釈すると、

彼女とわたしであってもいいし、

夫とわたし、わたしと息子でもいいし、

他のだいじな人たちとでもいいんじゃないか……

そんなことを想いながら歩いていた。


偶然、今日、届いて、

いっしょに25年を祝ってくれているような気がして、

ちょっとジンときた。


ほんとうによい友だちでいてくれて、ありがとう!




晩ごはんはパパパスタ。


作りながら、きのうわたしがコンサートに行っているとき、

アルバイトから帰ってきた息子が

コーヒーを淹れてくれた話を聞かせてくれた。


大学の仲間とカフェに行ったとき、

ビール2杯と白ワインなどを飲んだと息子が言って、

コーヒーにグランマニエを入れてもおいしいよ、と

2人で入れて飲んだのだそうだ。


楽しそうな父と息子の光景。

夫もなんだか嬉しそうだった。


わたしも今日はめずらしく、

新しいハードなトレーニングをこなして

脚がプルプルなのも心地よかったし

(習ってからきのうまで3日間、筋肉痛がつづいた)

ひっそりと25年を祝いたい気持ちもあって

ちょっぴりワインも注いでみた。


オランダに到着した日――

疲れよりも不安がまさって

寒さもあってぜんぜん眠れなかった。

あのときの弱々しい自分に

25年後のいまの自分を見せてあげたい。

……いつもこんなことばかり書いているけれど。


いままで支えてくれたみなに感謝の気持ちで。

これからも自分なりに進んでいこう。


Veel geluk――

だいじな人たちと、たくさんのしあわせを分かち合いながら。






8月24日 オランダに来てくれた友だちが、

ロンドンから送ってくれていたお菓子と紅茶の詰め合わせ。



さっそく、じゃがりこ明太子味をいただきました。

おいしいイギリスの紅茶も

ひさしぶりに楽しんで飲ませてもらいます。

どうもありがとう!

 

水曜日のアムステルパーク。

夏が終わる前に、夫とアイス。



木曜日のCoffee Company。

メルセデスといっぱい話して、

ますます友情が深まったね、と言われる。

ケンカも何度かしたけど、いちばんなんでも話せる友だち。

 

夫の作ってくれた鶏づくし。

鶏が丸ごと入ったサムゲタン、レバーの煮物、焼き鳥風ハツ。


こんなにおいしいものを食べさせてもらって、

わたしはなにを作ればいいのかわからなくなったけど、

豆腐とひき肉の野菜炒め、

甘辛のおいしい味に仕上がった。


さて、これからコンセルトヘボウにいってきます!






8月23日 息子が毎日、とても楽しそうに

大学のオリエンテーションに参加している。


おとといは朝8時半に出て、

フォンデルパークでローラーブレード→

NEMO(科学博物館)→

学生団体の食堂で晩ごはん、の予定だったのだが、

10時半に電話してみたら、ライツェ広場近くのウィスキー・バーにいた。


きのうも朝からのメニューをこなし、

夕方、アルバイトの直前にいったん帰ってきて

軽く食事をして出かけ、

ヒマだったそうで9時過ぎに帰宅。

それからまた軽くごはんを食べて、

今度はカフェめぐりの夜に出かけた。

(カフェといっても、酒場。)


最初は〈めんどくさい〉〈くだらない〉と嫌がっていたのに、

すっかり楽しくなってしまったよう。

わたしも高校のときから慣れているので

安心して先に眠れる。

きのうは2時過ぎに戻り、服のままベッドに突っ伏して寝ていた。


連日、朝から深夜までで疲れているだろうに

とても楽しそうに、笑顔で何度でも出かけていく。

大人になったなぁ。


よい仲間もできて、大学生活が楽しくなるから、

講義がはじまる前にグループに分かれて

いろんな体験をする、というこのシステム(introductieweek)

とてもいいなと思う。

息子の場合は歴史専攻の10〜20人で行動し、

上の学年の人が何人かついて

カフェなどに連れていってくれている。


多くの学生が他の街から来ているので

街を知って、なじむための催しでもある。


家から大学まで自転車で5分の息子は

みんなにうらやましがられているそう。

(そのうちきっと、みんなのように下宿したくなるのだろうが。)


講義がはじまる日が18歳の誕生日の息子。

みんなは18歳で、なかには25歳や30歳の人もいるそうで

ビックリしていた。

それでも、小学校や中学のときのように気後れすることもなく

すっかりなじんで楽しそうにしているのがうれしい。


クラスメートがおにいちゃん、おねえちゃんばかりで

(モンテソーリで縦割りクラスで早生まれだったため)

迎えにいくと、「ぼくだけアイスもらってない」とか

「ぼくだけチップスもらってない」ということがよくあって、

見ていてつらかったから。


17歳でも堂々と大人と対等に接することができるようになって

よかった!


子育てはもうほんとうにこれでおしまい、と思う

夏の終わりの朝でした。






8月21日 きのうは日本からお客さま。
 

オランダ日記をはじめたとき、いちばんさいしょにメールをくれた彼女が

高校生から26歳の女性になって

いまもずっと、というか昔よりもっと深い友だちになれた。


遅めのランチは中央図書館上のラプラスで。

はじめてラップ(生ハムとチキン入り)を食べてみた。

ピリッと辛くて、マンゴーの甘酸っぱさとよいハーモニーだった。

 

中央駅の1番ホームに広々と気持ちのいいスタバができていた。

彼女はトロピカルフルーツ系のジュース。

わたしはキャラメルフラペチーノ。


日本ではデカフェがあるのがスタバだけなので、困った。

仕方なくデカフェでないものを飲んでいたけど、

なんで日本にはデカフェが浸透していないんだろう……?


 

晩ごはんはベトナム料理。

鶏肉の黒豆ソース炒めもおいしかった。

 

Zeedijk(中華街)、よい天気でにぎわっていた。

 

よく見えないけど、向こうの橋の上も人だらけ。

こっちの橋の上はゴミ袋だらけ。

 

さいごは送っていってホテルでお茶。

そういえば、まだ1度も2人で写ってる写真を撮ったことがないことに気がついて、

ステキなテラスでホテルのおじさんに撮ってもらうことにしたのだが……

かなりのお年でどうしてもピントのあった写真が撮れなくて、

おじさん、延々とシャッターを押しつづけることに。

せっかく静かにCSIを見はじめたところだったのに、気の毒だった。


こうして半日、いっぱいいっぱいお喋りした。

8年間で彼女も大きく変わり、ステキな女性に変身中だし、

わたしのほうも変化をつづける。

年齢は23歳もちがうし、人生の段階はちがうけれど

ほんとうに〈友だち〉だと思う。


わたしのことを目指している人の1人だと言ってくれて

素直にとっても嬉しかった。

誰かの人生に少しは影響を与えることができるということが。


頑張っている彼女の話もとても新鮮で

これからの彼女もずっと見ていたいと思う。

3年に1度、会うようなゆっくりとした、

でも確かな友情が嬉しい。


会いにきてくれて、ほんとうにありがとう!


そして……

彼女を待ってマリオット・ホテルのロビーにいるとき、

いま仕事をしている人からバカンスから戻った連絡があり、

この日記を書いているときには、

知り合いからつながったはじめての人から

またまたまさに求めているような

興味深い話に誘ってもらえた。


きのうの彼女のいいものが

次のいいものにつながっている感じ。

よい偶然がよいものを連れてきてくれる感覚が

また戻ってきた。


というわけで、また日常に、オランダに

肌がなじんできた感じ。


今日の午後はスーパートレーナーに

新しい体操を習う日。

心も体もいろんな人のポジティブエネルギーで

パワーアップしていきたい。






8月18日 今週は仕事・家事・ジムだけで終わってしまった。

友だちにも会ってないし、カフェにも行っていない。


30℃近いなか、ジムで思いきり汗を流すのが気持ちよかった。

心も体も脳もスッキリ。

日本に行くとき、夫と2人で気づいたのだが、

筋力を鍛えていると、

長時間のフライトも苦痛でなくなる。


暮らしのなかにジムが取り入れられて

ほんとうによかった。

腰痛は神さまからのプレゼントだったよう。


来週は息子の大学のオリエンテーション週間。

すでにはじまっているオランダ南部の大学のニュースを見ていて

「みんな、大人じゃん!」と少々、ビビッていた。


幼稚園からずっといちばん年若く体も小さくて

いつも心配したけれど、

もう心から安心していられる。


そんな息子に昨夜、朗報が。

授業料がオランダ人と同じ1770ユーロになっただけでなく、

なんと奨学金も国籍取得を待たずにもらえることになっていた!


わたしたちの収入が少ないのでかなりの額で、

学費はちゃんとおばあちゃんが積み立ててくれたお金で払えるのに

学費を払ってもまだかなり余るような感じ。


9000ユーロ、払えと言ったり、こんな太っ腹にお金をくれたり……

なんだか統一が取れていない。

これでは効率的な財政削減ができないはず。

でも、庶民としてはほんとうにありがたい。

昔に比べたら世知辛くなっているけれど、

まだまだ福祉の国だと思う。


しかし現在、奨学金を授与ではなく貸与にしよう、という動きもある。

労働党やD66が選挙公約に掲げているらしい。

とりあえず、今年はいっぱい奨学金がもらえてラッキーだけど、

4年間、つづくかどうかはわからない。


もっとひどいのがDe langstudeerdersboete。

直訳すると、長く勉強している人の罰金。

大学で1年の留年で学士か修士が取れなかった場合、

3000ユーロの罰金、というとんでもない話。


いままでタラタラと勉強し、

さんざん奨学金をもらっていた大臣たちが

財政削減のため、決めたこと。

留年が1年しか許されないというのは

あまりにも急に変わりすぎ。

そして、3000ユーロというのも、

学位を取りそこねた人が背負うにはあまりにも大きな負担。


政府が崩壊して総選挙となるので

この規則も消え去る可能性が大きいのだが、

2012〜2013年度卒業予定者に対する罰金は

それに間に合わず遂行されてしまうかもしれず

なんだか不公平なおかしなことになっている。


時として、そんな理不尽なことが身に降りかかっても

なす術のないのが社会というものなので、

9000ユーロ払えと言われたのが

いっぱい奨学金をあげる、に変わったのは

ほんとうにありがたいことだと思う。


息子は頑張って勉強、わたしは頑張って仕事をしよう。


さて、今週はこんなものを食べていた。

 

*夫の作ってくれたレバーの煮物の残りと卵焼き、納豆、冷凍のグリーンピースなど。

*簡単パスタ。

 

*塩豚ソテーと西洋ネギ・茶色マッシュルーム。

*スモークサーモンのサラダ(昼の残りの冷やしうどん入り)。


そして昨夜は……

パーティーみたいだね、と言いながら、

 

暑いからフランスパンとサラダとハムにしよう、と言っていたのだが

おにぎりとか、息子の飲茶の残りもあって、なんだか楽しいごはんになった。


息子と彼女はずっとお祝いがつづいているように

動物園の帰りには2人で日本食レストランに行き、

きのうは中華街に飲茶を食べにいっていた。


2人ともマジメに働き、なるべくいっしょに過ごす夏休み。




 

にぎやかになってきたアクアリウム。

左下のストライプのヘビみたいなのと、真ん中下のヒラメみたいなのが新しい仲間。


右は昨夜の空。

この週末は35℃近くなるそう。

家にこもって仕事していよう。






8月14日 なんでもない午後。

ひさしぶりに誰もいないので、母に電話をした。

「なにかいい話ない?」と聞かれて、

楽しみにしていることを話す。

「おばあちゃんも(天国で)応援してるよ」と言ってもらう。


来週のコンセルトヘボウのコンサート。

出だしの部分をいっしょに口ずさむ。

クラシックの楽しみを教えてくれた母と祖母。


子どもだったときにはクラシックなんて、と

無言の反抗をしていたけれど、

結局、この年になると自然に

魂がクラシックを求めるようになった。


来週のコンセルトヘボウはまた、

昔の実家と繋がって、

思い出が走馬灯のように溢れる空間なのだろうか?


息子は彼女と動物園に行った。

ちゃんと仕事しないと怒るよ、とわたしに言い置いて。


ノルマをこなしてアルバートハインへ。

楽しい気分で、買ってきたクッキーとコーヒータイムにしたら、

なんだか胃が痛くなってきた。


もうひと頑張りしてからパスタを作ろう。

(夫はジムの日。)


なにげない穏やかさの嬉しい午後だ。






8月12日 日航機墜落事故から27年、と

高校の友だちがメールで知らせてくれたので



オランダ時間になってしまったが、午後6時56分に黙祷することができた。

(これはその直前、飛行機の音のする空を見上げたとき。)


高校3年の担任だった瀬良先生。

先日、京都に訪ねた大島先生の存在を教えてくれたのは瀬良先生だった。

文化人類学を学びたいのなら、関学の大島先生のもとがいいんじゃないか、と

電話で教えてもらったことを、いまでも覚えている。


瀬良先生がいて、大島先生がいて、ヤン(お世話になった人類学者)がいて――

わたしの道は自然とオランダに向かっていた。


導いてもらった人生を大切にしよう。



 

アムステルパークでアイス。

晩ごはんは最近、貧血気味だったので、レバーを使った料理を夫が作ってくれた。


息子はバーベキューから夕方、戻り、早めのごはんを食べてアルバイトに。

こんなにお金を稼いでどうしよう、と言いながら出かける。




オリンピックが終わる。

オランダのメダルは6,6,8で最終的に世界13位。

よく頑張った。

いつも以上に嬉しかったのはこの人が選手団団長だったから。

Maurits Hendriksさん。

家の真下に住んでいたので、我が家では〈下のおじちゃん〉と呼ばれている。


当時はホッケーの監督だったので、選手が勢ぞろいして、

バースデーソングを歌っているのが聞こえてきたりした。


オランダのリーグ戦で優勝し、ロサンゼルス五輪に行くとき

下でおめでとう、と言って、喜んでもらった。

(当時はそんなことでもドキドキ緊張していた。)


代表団団長としても大成功だった。

買い物カゴをおばちゃんのように腕に下げて、

赤ちゃんだった息子に「ホイ!」と声をかけてくれた人。

一瞬、触れ合っただけでも

活躍を見たり、

選手や解説者が「マウリッツに聞かなきゃ」などと

話題にしているのを聞いたりすると

なんだか嬉しい気分だった。






8月11日 ホッとして、心がとても穏やかなので、

今日は仕事はあんまりせず、のんびりすることに。


お昼は日本から持ち帰った伊勢うどんにした。


おいしかったけれど、わたしには醤油の味がちょっと強すぎる。

左上のたくあんは、大島先生の奥さまにいただいた、おいしい麦味噌たくあん。


昼食後は結局、そこそこ頑張って仕事をし、

晩ごはんは――


 

またまたバーガーキングへ。

息子が今夜は彼女宅でバーベキューなので。

(娘婿のギム、と言って、出かけていった。)


前にも書いたけど、今日もミディアム! と言っているのに

ラージにされていたので、文句を言いにいった。

てきとうに言いくるめられて追い返されかけたところに

マネージャーが来てくれて、

事情を説明したら、レジを自分の鍵で開けさせて

1ユーロ、返金してくれた。


レジの男性、面目丸つぶれ。

売上高でボーナスとかもらえるシステムなのだろうか……

いいマネージャーで助かった。


気分よく、おいしく食べて、フォンデルパークへ。

 

去年も同じような写真があったけど、

気持ちのいい天気の夏の日に、

1度は来たくなるフォンデルパーク。

のんびりして、バカンス気分が味わえる。

 

珍しく、自分に近い感じの服を見つけた。

注意して、ウィンドウを見ながら歩くと、

今年の秋はわたしでも無理なく着れそうな服が多いよう。

買わなくても、日本で買った服を活用できそう。


もうすぐまたコンセルトヘボウ。

シンボルマークが夕日に輝く写真を撮り、

5番トラムで帰ってきた。






8月10日 息子の大学入学の手続きがようやくすべて完了した。

8月15日が期限だったので、ギリギリ、間に合った。


完了のメールが来た報告を受けて、

「しっかりしたお母さんもってて、よかったねぇ」と言ったら、

「うん」と言ってくれたので、

「えっ? よかった??」と言ったら

またふつうに「うん」と言ってくれた。


反省点としては、たしか高校の説明会では

3月くらいから手続きをはじめるように、と言われていたのに

もう息子が自分でできるだろう、とノータッチだったこと。


そして、いざ、はじめてみると、

外国人扱いされているということを信じたくなくて

「大丈夫なはずだよ」と長い間、危機感を抱かなかったこと。


やっぱりまだ、ちゃんと親が調べて早めにすれば

こんなに焦らなくてすんだのに。


オランダ国籍をもっていないお子さんがいる場合は

3月くらいから手続きをはじめるといいかもしれません。

4月〜5月になると、卒業試験で頭がいっぱいで

そちらに集中したいし、

6月は卒業式でとりあえず卒業を喜びたいし、

そのうち夏休みになって

ますますめんどくさくなってしまうので。


さて、今日はようやく落ち着き、

仕事をして、買い物をして、晩ごはんの用意をして、ジムへ。

トレーナーもバカンスから帰ってきて、

おたがいのバカンスの話をする。

みっちり2時間やって帰ってきたら、おなかがペコペコだった。

 

晩ごはんはきのうのポトフにマッシュルームスープの素を足して

アルバートハインのミートボールを焼いて加えただけ。

黄色いのはデザートのマンゴー。


おなかがペコペコってすばらしい。

すっかり忘れていたけれど、

胃の調子が悪くて食べられず

ガリガリに痩せていたこともあったんだ。


いまは健康そのもので、

日本から帰ってきた日は1日だけ、

人生初の50キロを超えていてビックリだった。


体を鍛えて、おいしくごはんを食べて

元気でがんばろう。






8月9日 ひさしぶりにメルセデスとお茶。
 

イタリアのバカンスからきれいに日焼けして帰ってきた。

フローズンカプチーノを飲みながら、いっぱいおたがいの話をした。


ところで、〈大変なこと〉がどうやら解決したよう。

息子の大学の学費のこと。


8月15日までに支払いの手続きをしないといけないのだが、

息子はまだ17歳でオランダ国籍の申請ができない。

オランダ国籍がないと奨学金がもらえず、

奨学金がもらえない学生は外国人とみなされるため、

ふつうの学生の学費が1770ユーロのところ

9000ユーロ払わないといけない! という問題だった。


奨学金の窓口である機関に電話をしたときも

30分くらいかけて調べてもらった結果、

残念ながら9000ユーロ払わないといけない、という結論。


国籍申請の窓口である市役所に出向いて事情を説明すると、

親身になってくれて、

8月末の誕生日当日に申請に来たら、

通常、3ヵ月かかるところを

9月27日のセレモニーに出席して国籍がもらえるよう

取り計らってくれる、という話になった。


そのことを大学の学生課に言いにいくと

経理に電話をしてくれて、

9000ユーロを5回分割で払う手続きにしておいて、

国籍取得後、すみやかに1770ユーロに変更、

差額は返金してくれる、という運びになった。


これでひとまず安心、と思っていたのがおとといの時点。

それがきのう突然、大学と関連機関からメールが来て……

学費が9000ユーロから1770ユーロに変わっていた!


「意味わかんない」と半信半疑の息子だったが、

わたしと息子が動いているのとは別に

奨学金の機関に求められて

いくつか書類を提出していた。

外国籍でもちゃんと税金を払っている、という証明。

結局は、それで、国籍取得を待たずに

学費がふつうの学生と同じ額になったようだ。


それが当然の権利、というものだが、

インターネットで奨学金の申請をしても

国籍によって拒否されてしまうし、

電話で聞いても無理、とのことだったので

ほんとうに焦った。


奨学金の機関内の審査をおこなう課と

電話相談の課は繋がっていないのだから、

国籍ではなく、税金を元に審査した結果はきっとオッケーなはず、

とは思っていたけれど、

じっと待っていて9000ユーロ払わないといけなくなっては困る……

そう思って動いていた。


昔は日本国籍でもまったく問題なかったのに

法律が変わってややこしくなった。


息子の滞在許可がわたしたちのタイプUとはちがい

タイプTだったのも失敗だった。

いままで気にしたこともなくて、

日曜日に友だちの家で話したときには

息子のIDカードには父親の名前は載っていない、と

自信たっぷりで言ったのだが、

家に帰ってみたら記載されていて呆然。

バカバカバカ、と17年間、ぼんやりしていた自分を呪った。

(友だちは子どもたちのために1人1000ユーロ近くかけて

タイプUに変更手続きをはじめるところだった。

これだと、家族に付随してではなく

個人として滞在が許可される。)


結論としては――

日本国籍のままでも、

IDのタイプがUであれば、奨学金がもらえる→

オランダ人と同等に扱われる→

学費は1770ユーロ。


IDのタイプがTであっても、

過去ずっとオランダに税金を払っていたことが

税務署をとおして明らかになれば、

学費は1770ユーロで済む。


……ということのよう。

(今日、再確認の手続きが完了したから、

これで大丈夫なはず。)


ならば、結局、心配なかったじゃないか、という感じなのだが、

9000ユーロ払わないといけないかもしれない! という恐怖感は

気分のいいものではなかった。

それに、8月15日までに手続きが完了しないと、

せっかく楽しみにしていた入学が取り消しになってしまうところだったので。


なんだか、息子の誕生日を祝うどころではない恐怖感があった。

どうしようもなければ9000ユーロを払うことも考えていたけれど、

単純計算で、3人で3回分の日本往復の航空運賃に相当する額。

ちゃんと税金を払っているのにそんな莫大なお金を払わされるなんて、

オランダ暮らしが嫌になりそうだった。


実際に動いてみると、

どこでもちゃんと人間的な対応をしてもらえた。

電話で9000ユーロ払わないといけないと言った人も

それは気の毒そうに、なんとか方法がありますように、と言ってくれた。


大学で、「規則ですから」と突っぱねられるのが恐くて

周りを固めてからさいごに行ったが、

そこでも対応の人も感じよかったし、

国籍取得後には返金してくれる、というシステムも

人間的なものだった。


ということで、とりあえずホッとしている。


アンラッキーな誕生日だね、

(誕生日が3ヵ月前ならオランダ国籍が取れているから問題なかったのに)とか、

優秀だったこと(17歳で高校卒業)に罰を科されているみたいだね、とか

言われて、ほんとだよな、と思ったけれど、

息子はとてもよい運勢の誕生日だったはずだしなぁ、

アンラッキーじゃないはず、とも思っていた。


とにかく巨額のお金の問題というのは

心に重くのしかかっていた。

だから、気分がスッキリしました。


これでようやく大学生になる日が

すぐそこに見えてきた。


とりあえず、今回も、母さん、できることは頑張りました。

結局、必要なかったみたいな結末だけど、

書類提出も何度もあって、

息子と「これは嫌がらせ?!」と笑っていたくらい。

いやはや、なかなかめんどうなプロセスだった。


ということで、結局は、

大変だけど心配いりませんよ、という話のよう。

よかった!


窮地に立たされて、ない知恵を絞り、行動するのは、

いつもどおり気持ちよかった。

自家発電のようにエネルギーが高まってくる感じ。

その状態がつづくまま、

今日はいっしょうけんめいそうじをし、

料理をした。


晩ごはんはしっかりと塩を揉みこんで朝から半日寝かせた

スカーデラッペンとたっぷり野菜のポトフ。

薄味で、日本で友だちのくれたおいしい塩昆布をごはんにかけて。

久しぶりのキヌア入りごはんと塩昆布、

野菜と肉の旨みたっぷりのスープの味がよく合った。




芝刈りが入って、きれいな模様が描かれている。

ふと、畳のような匂いがするな、と思ったら

芝の匂いだった。






8月7日 エプケ・ゾンダーランド、体操男子種目別鉄棒で金メダル!

Epke Zonderland Epke Zonderland

おめでとう!!

ほんとうに見事な演技だった。

輝かしい笑顔。カッコいい!


プレッシャーに負けなかったのは、内村選手と同じ。

オランダ人でもちゃんと強いメンタリティーで目標を達成することができるんだ。


解説者(Hans van Zetten)の感激ぶりを聞きながら、

夫もわたしも涙ぐんでいた。


オランダで体操をやっていても

ちゃんとオリンピックで優勝できるんだよ! とテレビをとおして

サッカーの国オランダで、体操をやっている子どもたちに

語りかけていた。


(エプケが心配で)きのうは眠れなかった、

いや、眠れないのはきのうだけではなかった、とも言っていた。

はじめて体操を習ったときから解説者になり、

現在までの50年間の体操人生の中で

今日は歴史的な1日! と興奮していた。


エプケだけでなく、解説者にもおめでとう! と多くの人が思ったはず。




夫が勇んでシャンペンを買いにいったのだが、

高すぎたのでプロセッコで乾杯した。


医学生でもあるエプケ。

こんなお医者さんがいたら、病院に行きたくなってしまいそう。



ちなみに、晩ごはんはエプケの興奮冷めやらぬまま

簡単に作ったパスタ。


彼女宅で今夜ははじめてカレーを作る、という息子たち。

買い物に時間がかかりすぎて、

ごはんを炊いていたらますます遅くなりそうだったので

家にあった昨夜のごはんを持たせてしまったので。


いまごろおいしいカレーを食べているかな。


取り組んでいた大変なこと。

今日は別のところに相談に行ってきた。

どうやら、よい方向にもっていけそうになってきた。


この件についてはきのうも書いたとおり、

落ち着いたらちゃんと書きたいと思います。


ちなみに、オリンピックのメダル獲得数で

オランダは世界の10位。

(金5、銀3、銅6。)


九州ほどの小さな国で、大国ほどお金もかけていないのに、

よくやっていると思う。






8月6日 きのうはめずらしく日本人の友だち4人で語り合った。

はじめてお目にかかる方と、友だち2人が親しかったので、

みんなで集まることに。

おかげで、はじめての2人ではけっして出なかったような

女の深〜い話ができて、有意義な時間だった。


抱いていたイメージと少しちがって、

わたしにはとてもお話ししやすく、もっと話してみたくなる方。

これからが楽しみ。


さてさて、昨夜も話題に出たのだが、

いま、ものすごく大変なことに直面している。


今朝から本格的に電話をかけたり、出かけていったり。

結局、家での仕事の時間がまったく取れなかった。

それを補うために、晩ごはんのあと、

少しでも机に向かいます。


落ち着いたら、書けるといいなと思っているので、

待っててくださいね。

 

昨夜、帰ってきたら、夫がバラの花を活けてくれていた。(ハートのリボン付き)

気まずいことがあったあとの気づかい。

ありがとう!


晩ごはんは味噌汁、塩豚、ごはんの用意をしておいて、

夫にカボチャと共に焼いてもらった。

(わたしは夕方、出先からジムへ。)

シンプルだけど、おいしかった!

ちらっと写っているチェリートマトは昨夜の残りをいただいたもの。

ごちそうさま!


それでは、また。

落ち着いたら、書きます。






8月4日 夫のバカンス最終日なので、中華。
 

日本から帰ってからも、わたしよりも晩ごはんを作ってくれていたので、お礼に。


昼間はカフェにも行った。

昨夜、ちょっと気まずいことがあったのだが、

とりあえずは仲直り。


友だちに言われたらその場で友情が終わりになるようなことを言われても

なんだかたいしたことではない、と相対化できるから夫婦は不思議。


わたしの仕事も1週間かけてゆっくりと軌道に乗ってきて、

今日ようやく、脳がはたらいているのが実感できた。

地道に、今年いっぱいがんばろう。


中華といえば――
 

神戸の中華第一樓に家族で集合したら、

何十年前と変わらぬ記憶のなかのなつかしい味ばかりで感動した。


食べきれなかったものをまずは小皿に取ってくれ、

さいごは折に詰めてくれるのも昔なつかしい。


カリッカリで甘すぎない熱々の大学芋がさいごに出てきて、

炒飯やソバのようなあたり前のものが出てこないことも、

畳の部屋に丸テーブルのある個室も、

いとこたちと走り回っている幼い自分に戻りそうに

なつかしかった。


さて、今夜は水泳女子50メートル自由形決勝で

ラノミ・クロモヴィジョーヨーが優勝するところを見ます。


Kromowidjojo と書いてクロモヴィジョーヨーと読む。

djo がジョーで、jo がヨー。

オランダ人の解説者もまだたまにクロモヴィジョージョーと言ってるし、

子どもニュースで子どもたちに言わせてみたら

言えない子どもが大勢いた名前。


お父さんがインドネシア系のスリナム人でお母さんがオランダ人。

2人がオレンジのTシャツ姿で

弟がオレンジのライオンの着ぐるみ姿で応援している

ほほ笑ましくあたたかな家族。


金メダル確実なので、安心して楽しめる。


あと、今日はオリンピックニュースで卓球をやっていた。


卓球選手はオランダ代表も帰化した中国人女性が多く、

中国対オランダなのに、中国人どうしの対決。

見ていて、どうしても違和感を感じてしまう。


そんな中、女子ダブルスのオランダ代表に

大柄な白人オランダ人女性が帰化した中国人女性と組んで出ていた。


彼女は秘密兵器として、1年間、試合に出ず、

突然、オリンピックに出てきて、インパクトで中国人に勝とう、

という作戦だったらしいのだが……


意表をついた作戦の甲斐もなく、

ふつうに強すぎる中国人ペアに負けていた。


小柄で機敏な中国人選手に混ざって

1人、動きの鈍い大きなオランダ人選手。

可笑しな作戦で笑ってしまった。


いつもどおり、夜の番組でオランダ人選手の

華やかだったり地味だったり、

喜びだったり悲しみだったりの

さまざまな物語を見るのが楽しみだ。






8月2日 今日はそうじの日。


なので、ゆっくりめのスタート。

だらだらモードにスイッチが入って、

家族に内緒でじゃがりこなど食べている。

そうじは晩ごはんまでに終わればいいや!

今日はのんびりデーにしよう。


ちなみに、日本でこんなものを買ってきた。


日本橋コレドの雑貨屋さんで、

ソックスを買ったらレジに置いてあって、

「すごくモチベーション上がりますよ」と言われて、買ってみた。



やったことにチェック印を入れられるのが嬉しくて、

ほぅ、なかなかいいじゃん、と思ったのだが……

もうすでに、書き込むことを忘れていた(笑)


さぁて、コーヒー飲み終わったから、そろそろ動くかな〜






8月1日 夕方、1人でCoffee Company。
 

ひさしぶりに頭を使ってヘトヘトだったので。

(目もいよいよ年のせいで焦点が合わなくなってしまって、疲れる。)


バカンスでがらんとしていた。

チョンシーファットさんが1人で来ていて、帰るところだった。

元気そうだね! と言ってもらう。


その後、改装工事が終わって新装開店したアルバートハインへ。

やたら広くなって、キョロキョロしてしまった。


晩ごはんはおとつい漬けた塩鶏、茹でただけ。

茹で汁でたっぷりの野菜を煮たスープ。
(摩り下ろしたニンニク入り、ヒマラヤ岩塩で味付け。)

キュウリとトマトのオリーブオイル、リンゴ酢、めんつゆ合え。


シンプルだけど、なにもかもおいしかった。


内村選手、よかったですね。

プレッシャーに潰れてしまわなかった強さは

とても23歳とは思えない。

失敗と成功にはほとんど差がない、とオランダ人の解説者が言っていたとおり。

すべての種目で集中力を維持できた精神力――

ほんとうにすごいと思う。

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