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成島毘沙門堂
(和賀郡東和町)

花巻市から国道283号線(釜石街道)を遠野に向かい、すぐ県道284号線(北成島花巻線)に入る。県道39号線(北上東和線)とぶつかるとすぐ左手に、熊野神社の参道がある。訪れた当日は参道は雪で埋まっていた。車道はすぐ先から山を登り、毘沙門堂のある熊野神社の駐車場につづく。
室町後期の寄棟造りの毘沙門堂(重文)。延宝元年(1673)に修理。毘沙門堂は坂上田村麻呂建立または慈覚大師草創と伝えられる。 兜抜毘沙門天など重文像は収蔵庫に収められている。収蔵庫の係りの方がスベリ止めに階段に岩塩を撒いていた。
熊野神社は延暦21年(802)に坂上田村麻呂が紀伊の熊野三山に戦勝祈願をしたことに始まる。

9月半ばに催される「泣き相撲」が有名である。萬1才の長男の子が全国から集まり、「泣いた方が負け」になる。テレビでよく見かける行事で、坂上田村麻呂が鎮座祭で縦臣に相撲をとらせたのが始まりの神事である。
扉を開けてもらい堂内に一歩踏み入れると、唐風の鎧を纏った一丈六尺(4.73m)の兜抜毘沙門天に圧倒され言葉も出ない。欅の一木彫で地天女に支えられた姿は偉大で平和な佇まいだ。尼藍婆、毘藍婆を従えている。左の吉祥天(平安初期)も穏やかな男性顔で素晴らしい。右の阿弥陀如来もフォルムが美しいが江戸中期にすげ替えられた頭部とのアンバランスが惜しい。
いずれにしても、大感激の彫刻群だ。誰も来ない雪の日に遠くから来たことに免じて、内緒で1枚だけ写真を許可してもらう。
東和町は猿ケ石川(北上川支流)の清流が流れるのどかな里。
高橋克彦の著作では「物部氏」の里として現れる。ビシャモンドーム(?)などがある。
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