「ルーチシェ」2011年秋号に掲載された論文,その他をめぐっていろいろ感じたことを述べ,何かの参考にしていただければ幸いです。
まず,「ポントリャーギンの自伝から」の2編では,彼が幼少時代からたくさんの文学書等を読んでいることに感心するとともに,私も,それらの本を読んでみたいと思いましたが,ロシア文学については,大震災以来,福島県立図書館が使えないので,家にあった『ロシア文学案内』(朝日出版,1979),福島市の学習センターでの『新潮世界文学事典』等を参考にしました。
ポントリャーギンの家族が愛読したというアムステルダムのエラスムスの『痴愚神礼賛』は福島市の図書館にあった渡辺一夫訳(岩波文庫)を読んでみました。エラスムスが古典文学等に精通していることに感心しましたが,人びとの生活が平穏なのは痴愚神のおかげというのは多少疑問を感じながら読みました。
現在の福島第一原発の爆発事故では「安全神話」がくずれ,放射能汚染を広範囲に広げ,政府をはじめ,人びとに,「基準値」以下なら安全であるかのような幻想をいだかせています。しかし,体内に入った放射性物質は,正常な細胞を破壊するので,安全とは言い難い。果物の放射線を測ってもらったある人の話では,基準値の300ベクレルよりかなり低いが,放射性物質が含まれているとのこと。その果物を数個食べれば基準値を超えてしまう。放射線など気にしないという人たちは平気で食べています。果たして「痴愚神」のおかげで,無事に平穏で平和に暮らせるのでしょうか? 強い放射線を浴びた人は,最初のうちは平常と変わらないが,少しすぎると,次第に疲労感や倦怠感が強くなり,血の固まりを吐いたり,皮膚もこの世の人とは思えないほど無惨な状況に陥るとのこと。それでも何も知らない人は幸せに死ねるのでしょうか? かつて,ガンは告知されませんでしたが,苦しみもがいて死を迎える人は幸せなのでしょうか? ガンにもいろいろな程度があり,それを知って対処すればかなり長生きできるように,放射線を浴びた人もその程度によって注意すべきことがあるはずです。
次に,「ゲルファントの自伝的談話」で注目されるのは,数学的才能が現れ始めるのは13〜17歳頃で,この時期の数学学習法を重視していることです。彼が後に,全ソビエト通信制数学学校を呼びかけ,組織したのも,この時期の生徒たちが,親元や故郷を離れずに,数学への興味や数学の学び方を身につけさせるためでした。
ゲルファント自身は,父親が工場主だとの理由で,学校での勉学を拒否され,放校処分にされたため,単身でモスクワに出て,アルバイトをしながら,図書館等で独学して,その後,モスクワ大学での聴講,そして,同大学の大学院に入学が認められ,コルモゴロフ等に学び,世界的数学者の活動舞台に登場することになったのです。
彼はウイリャム・グリーンの小説『負けた者がみなもらう』を引き合いに出し,幸運がついてまわったと話しているので,私はこの本(邦訳本)を市の図書館から借りて3日間で読了しましたが,ゲルファントはこの本の題名だけに興味をもったようで,内容ではありませんでした。しかし,「どんでん返し」「なにくそ魂」「幸運児」は私にも起こって,今日に至っています(金銭には恵まれませんでしたが,…)。
ゲルファントはこの時期に身につけた「芸術的センス」が数学研究等のモチベーションになったと話しています。この「芸術的センス」をくわしく説明していませんが,創造的ひらめき,全体的構造を見通す力のようなものが備わったのではないでしょうか?
私自身は長い闘病生活の中で読んだアンデルセンの『即興詩人』(森鴎外訳)に大きな影響を受けました。その本の中でもとくに「詩人にはなれなくとも,詩の心は持てる」という言葉です。現在の平野に移り住んだときは,まだ周りに家も少なく,麦畑の上ではヒバリがさえずりながら舞い,カッコウも近くで甲高い,でも愛らしい鳴き声を響かせ,西の空には毎朝のように虹が出ました。そのとき,私がかつて見た映画「わが道を行けば」のタイトルの詩を思い起こしました―「苦難の街角 幾曲がり わが道を行けば,この道は 虹の村に通じる道だ」。
私は平野(ヒラノ)に移り住んでから,叔父がすすめてくれたゴマ油の油脂吸入をし,2週間余で,難病の肺結核から立ち直り,ロシア語通信教育での独学4年目にして,宮本先生のご指導で最初の訳本『数学玉手箱』を出すことができました。この本はその後,十数年にわたって何度も版を重ね,訳文も翻案に近いものになりました。その後,数学関係の本を45冊も出しましたが,その都度,数学はほとんど独学に近いものでした。
翻訳を共にした松野武さんは子どものときに小児麻痺で両足が不自由になり,松葉杖の身でありながら,水泳や自動車の運転もこなし,ロシア旅行も一緒に楽しみました。私たちはゲルファントのような大数学者にはなれませんでしたが,大学で教えることもできました。
松野さんと共訳した本は数多くありますが,『数学名言集』(大竹出版)からいくつかの言葉を引用してみたい。
「美なるものの最も重要な姿は,ととのっていること,つりあいがとれていること,明確であることであり,数学は何にもましてこれらを表現しているのである―アリストテレス」
「数学は科学であるばかりか芸術でもある。それもきわめて美的な芸術である。美的な感覚は,本来,数学理論家にとって仕事をするための主要な刺激源なのである…
ゲルファントはまさにそのような人であったし,彼のいう「芸術的センス」には以上のような意味がすべてこめられていると思います。そして最後に,
「数学には人間的歓喜を呼び起こす何かがある―ハウスドルフ」 この言葉通りの数学人生が幸運にめぐまれたのだと思います。
3つめには,プロタソフの「宇宙の幾何学(続き)」で,古代ギリシアの天文学者アリスタルコスが,地球の半径より何倍も大きい太陽が,地球のまわりを回っているはずがなく,太陽中心体系を表明しましたが,非常に長い間,世間(人びと)がそれを認めようとしなかったのは,教会の迫害を恐れたことばかりでなく,目に見える宇宙が地球を回っているではないかという人びとの怠慢(愚かさ)にも原因があったと述べているのは,地震国日本で原発を造る危険を,共産党が数十年前から叫んでも,世間が認めなかったことにも通じるものがあるのではないでしょうか? 福島第一原発の爆発事故による被害が拡大している現在でも,1兆円もの補助金をちらつかせられると,放射能のことなど聞く耳持たずの人びとの愚かさ(原発依存)があちこちでまだ多く残っています。
4つめに,ロシアの「クヴァント」誌が今年半ばを過ぎても,昨年の最終号から届かないのはどうしてかと思っていたら,取次店から,版元が異動し,昨年の6から始動したとのこと,このほど3冊(6,今年のbPと2)が一緒に届きました。しかし,インターネットのサイトでも見られるようになり,しかも,創刊号から見られようになりました。
その創刊号に「量子(クヴァント)とは何か」の論文を見つけ,丸山先生に訳を依頼して「ルーチシェ」に「量子の話」として載せていただきました。ちょうど,ニュートリノが光より速いとのニュースが飛び交った頃なので,量子理論の端緒になったプランクの量子発見の上記の話(論文)も,新しい理論がまた生まれるかもしれないとの期待を感じさせつつ,意義のある見直しとなりました。とくに,「クヴァント」誌が数学と物理の両方を扱っているのに,物理の訳が「ルーチシェ」では極端に少なかったのでなおさらです。
宮本先生も晩年,通信教育で現代物理学を学んでおられ,その本(江沢洋著)をいただいた私も読み始めましたが,十分の一ほど読んで長いこと中断し,積んどくだけしたが,改めて開いてみる機会となりました。
ところで,「クヴァント」誌の表題が今年のbPから「クヴァント+」と少し変わったことに気づきました。そのbPの「クヴァント学校」では「速度と加速度」という短い物理関係(数学も関係あり)の論文(記事)がありますので,訳を来春の冊子で紹介しようと思います。
「クヴァント+」誌,2には,剛体の量子理論の物理学者カガノフの90歳記念の記事と共に,彼の論文2つ,「物理学の類推」と「多いか少ないか?」が載っています。
数学の論文では,スミルノフの「現代数学とその教え方」,クシニールの「ラグランジュの公式の仲間」が関心を引きます。また物理関係の「熱気球の話」もおもしろそうです。熱気球(そのモンゴルでの大会)のことをロシア語でМонгольфьер(モンゴルフィェル)ということも知りました。これらの論文の訳に挑戦してみたい人,名乗り出てください。
5つめは,「クヴァント」誌1979年5からゴルボフの「テーラー級数とは何か」を10月になってから急遽訳したことについてです。この論文を選んだ一つの動機は,ゲルファントが談話の中で,この級数が自身の数学観を変えたと述べていることに関連してです。サイン,コサインは最初,幾何の分野に属していたので,数学には代数と幾何の2つの分野があるように思われます。ところが,サインやコサインの曲線を多項式関数で近似しようと思うと,級数になることを,テーラー,そしてゲルファントは独学で,気づいたのです。つまり,代数と幾何が統一されたのです。大学では,微分を使ってテーラー級数展開を,いわば出来合いの公式として学ぶので,テーラーがどのようにしてこの級数を発見したかがわかりません。「クヴァント」誌の古い論文は,発見時の様子がわかるように知らせてくれます。
ゴルボフはこの論文の中で,ヒンチンの本『数学解析8講』を高く評価し,紹介しています。そして,この本は,丸山,馬場,保坂,山崎の共訳で大竹出版から2000年に出したことの意義を改めて感じさせてくれました。
論文の終わりのほうで,フェリックス・クラインの『高い立場から見た初等数学』の一文を引用しています。私はこの本を買い求めていながら,積んどくだけでしたが,この機会に探し出して見ました。ところがどうでしょう。全4巻揃えて購入したと思っていましたが,第3巻がだぶっていて第2巻(引用されている部分)がないことを今になって気づいたのです。すぐに県立図書館に行って司書に探していただいたら,福島大学の図書館にあるとわかったので,早速,向かいました。福島大学の図書館は市民にも解放しているらしく,快く迎えて,親切に書庫の奥から探して,貸してくれ,今後も利用しやすいようにと,図書カードも作ってくれました。
ところで,この本は遠山啓先生の監訳で,丸山先生(その他)が仙台の高校で働いていた時に訳されたことも知りました。
このようなわけで,1つの論文を訳すのにも,内外の多くの方々の努力に助けられているし,そのつながりを知ることは学習にいっそうの励みになっています。
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