taboo






「お願いします!四ノ宮を起用してください!」




この男は、最低―――――らしい。


私は、そんな評判の悪い男―――仲崎雅臣チーフプロデューサーに頭を下げていた。







「・・・なんの、つもりだ?」
悪い評判通り、荒い口調で呟く。
あくまで、手元のパソコンから視線を上げようとしない。


「・・・そのままです。“あにまるな”に、四ノ宮を使って欲しいんです。」

私は頭を下げたまま言う。
すると、仲崎チーフは、やっと、パソコンから顔を上げた。
「私情を番組に持ち込むとは、アシスタントディレクターとして――――」
「やっちゃいけない事だって、十分分かってます。」




分かってる。



私情で、新番組に友達を使ってくれって交渉する事はタブーな事ぐらい。

特に、番組作りに対して真剣な仲崎チーフに言うなんて、もってのほかだ。

「でも・・・」
今回は違う。絶対に、


「譲れないんです。」







「―――――大体、いつも特番の時は四ノ宮を使ってたじゃないですか!
なのに、レギュラー番組になった途端、メンバーから外すって・・・っ!」


半ば半ギレの状態で言う私。
すると、ずっと黙っていた仲崎チーフが、ふっとタバコの煙をはいた。
あの、嫌な匂いがする。
「四ノ宮・・・あぁ、あのグラビアか。」
仲崎チーフは2本目のタバコを取り出し、またそれを吹かしだした。
「切った理由なんて、只一つだ。」
そして、いつもの冷たい目のまま、こちらを見る。


「アイツは、使えねぇ。トークも上手くないし、外見にそんなインパクトも無い。
大体、一生懸命だからって、視聴率取れない奴を使う番組が、どこにある?」
目の前で親友のダメ出しを聞くのって、こんなに腹の立つ事だったのか。
食いしばった奥歯が、痛い。






成実とは、大学の頃から友達だった。


確かに、話はあまり上手じゃないし、外見も飛びぬけて可愛いわけじゃない。
でも、身体を作る努力も、どんな嫌な仕事もやってきた彼女に、成功して欲しいのだ。
そして、成実出演で初めての全国区番組が、春と夏にあった特番『あにまるな!』
視聴率が良いからと、毎週土曜日にレギュラー決定。
私もその番組に配属され、成実の成功を、見守る筈だった。

なのに、前の番組会議を行っている部屋から聞こえたのは、



『じゃぁ、四ノ宮は削る、という事で。』



正式決定ではない。
けど、成実が削られる?
春の放送ではアフリカの砂漠行って、夏の放送ではアマゾンにまで行ったのに。




『大変だったけど、きっと頑張りは伝わってるよね!』

『あはは。どうする?視聴者が成実のトコだけ見てなかったら。』

『るか酷いー!リアルだよー!』

『嘘嘘。ちゃんと、伝わってるよ。』





居ても立っても、いられなくなった。


成実の成功への道、こんなとこで潰すわけにはいかない。






「成実は、ロケ地で他の子が食べなかった虫も食べました。暑くてもずっと笑顔を絶やさなかったです。
それの、どこがいけなかったんですか?」
「いけないんじゃねぇ。もういらないんだ。ロケは、芸人枠の奴に行かせた方が面白いしな。」
ぷかぷかとタバコを吹かす仲崎チーフ。
その素振りから、全然承諾してくれそにない。


やっちゃいけない事。


でも、成実だけは、違う。




「・・・・・・・お願いです。私、が・・・」
「番組配属、無かった事にしていいから、か?」



突然、冷たい表情だった仲崎チーフから、笑いが漏れた。

そして、灰皿にタバコを押し付けてから、こっちに近寄ってくる。
目の前に立った仲崎チーフは、大きい。私は圧力に押され、思わず後ずさった。
「工藤るか、か。ずっと深夜番組や朝の時間帯のADで、初めてのゴールデン番組じゃないのか?」
さすが仲崎チーフ。どうやら、スタッフの事は大体頭に入れてるようだ。
「はい。それが・・・?」
「いいのか?番組から外れても。」
挑戦的な目。
壁と仲崎チーフに挟まれた状態の私は、ぱっと下を向いた。
「いいです。成実がレギュラーになれるんな――――――」







「はっ。何お前、ヒーロー気取り?」






冷笑を浮かべ、仲崎チーフは壁に手をついた。
笑ってる。
きっと、仲崎さんは私を偽善者だと思ってる。




偽善者?確かに、そうかもしれない。




多分、優しい成実はきっとこんな事、望んでない。

後で知ったら、泣くだろう。私を犠牲にした、と――――

でも、





「そうやって、女は友情を確かめ合うんだろ?馬鹿らしい。」
馬鹿にしてくる仲崎チーフは、ちょっと怖かった。









それでも、私は絶対にひるまない。










「はいそうです。私、ヒーローになりたいんです。」







開き直り?


あぁそうだとも。


でも、嘘なんて一言も言ってないよ?
だって、私は、




「成実の、ヒーローになりたいんですから。」





『るかは私のヒーローだね!』
いつか言われた言葉を、本当にする時が来た。
それが、今。
「私は、成実を笑わせたいんです、助けたいんです!」
周りからは、きっと偽善者にしか見えてない。
けど、もしこれが成実を助ける事だら、いいの。ヒールなヒーローで。


ふぅ、とため息をついて仲崎チーフを見る。
すると、

「・・・・・・・・・・・・面白い。」

笑ってた。いつもの冷笑に、鋭い眼差し。
そして、左手をすっと私の頬に添えた。
「じゃぁ、ヒーローはあの使えない女の為に、なんでもすると?」
メガネ越しに私を見据える目。
きっと、嘲笑ってる。
「はい。」




そして、仲崎チーフはそのまま続けた。








「お前、俺の玩具になれ。」










「・・・・は?」

うすら笑った顔は、たとえ笑みでも怖い。
私は仲崎チーフの言った事が理解出来ず、ぐっと睨みつけた。
チーフはそれに微塵も怯むことなく、続ける。



「これから、四ノ宮が出演するシーンで最高視聴率が取れるまで、お前は俺の玩具になるんだ。」
「・・・・・だから、どういう事ですか?」
遠まわしな言い方。さすが、敏腕プロデューサーってとこ?
頭の中で皮肉を思い浮かべていると、私の頬に添えた手で、つーっと、首元まで撫でた。



そして、耳元に口を寄せて、
「お前は、ひたすら抱かれればいい。」




「・・・・・・・・っ!」
ふぅ、と耳に息がかかる。
「まぁ、仕事の予定は考慮してやるが―――――俺の望む日に、俺の部屋に来てもらう。」







最悪の、条件。

本当に、この男は最低なんだ。






「それ―――やっちゃいけない事じゃないんですか?」
敏感になった耳から意識を逸らし、首をなぞる手を掴む。
「なんだ?お前がいけない事してるんだから、俺だって、イケナイ事、しなきゃな。」
低く甘い声に、思わずため息が出る。
仲崎チーフはそのまま、続けた。

「四ノ宮を使ってほしいんなら、抵抗しないで、ただ、俺の好きなように抱かれるんだ。
どんな事をされても、絶対に、逆らわない。」







友達の為に、抱かれる。



私もチーフも、お互いやっちゃいけない事を、しようとしている。





しばらく呆然としていると、仲崎チーフは私のポケットからケータイを取り出した。
そして、カチカチと何か打ち始め、それを投げて寄越す。
「部屋の、住所だ。嘘じゃねぇ。」


見ると、メール画面に住所が打ち込まれてあった。






「ヒーローになりたいなら、今夜、そこに来い。明日―――――休みだろ?」




さっさとパソコンを片付けながら言うチーフ。
「あ、あの・・・」
「じゃぁな、成実ちゃんのヒーローさん。」
タバコの吸殻をそのままに、仲崎チーフはさっさと会議室を出て行った。








そして、私はドアが閉まるのと同時に、ずるずると座り込む。
「――――――――はぁ・・・」
力が、抜けた。ずっと、身構えたままだったから。



なんて、有り得ない展開。

こんな漫画みたいな事、本当にあったんだ。


でも、これは違う。どんなに漫画みたいでも、現実なんだ。


ヒーローは、お姫様の為に悪者を倒すんじゃなくて、最初から自分が犠牲になるんだ。


そんな物語、聞いたこともない。




「これで、いいのか、な・・・」
ぼうっとしながら、目の前の灰皿を見つめた。






頭の中で、理性が警鐘を鳴らしてる。


“ダメ!あの人を、裏切る事になるんだよ!?”


でも、もう一つ、声が聞こえる。


“ヒーローに、なりたくないの?るかの大事な、成実のヒーロー”


まるで天使と悪魔みたい。でも、この場合、どっちも私の欲望なんだ。

あの人を裏切りたくないけど、成実のヒーローになりたい。




「悠、樹・・・・・・・」



















ごめんなさい。


自分を傷つけちゃ駄目って、約束したのに。



でもね。


今ここで、ヒーローにならない方が、よっぽど傷つくの。



「ヒーロー・・・・」








ぽつり、口から漏れた。