taboo






「工藤。」



最近聞きなれた、甘い声。

「・・・はい?」
契約の日でもなんでもないのに、ふと、廊下で声をかけられた。







「・・・・・・・なんですか?」
私はかなりビックリしながら答えた。すると、
「随分、驚いた顔してるな。」
いつもポーカーフェイスなのに、クスっと笑いながら言う仲崎さん。
くそー、驚かした本人のクセにー!
「は、早く用件を言ってください。」
私はちょっと悔しくなり、ムッとした顔のまま仲崎さんを見た。


「あぁ。これ、例のロケ先のホテル。アポは明後日までに取っといてくれ。」
すると、仲崎さんはさっさと私に資料を手渡す。
「これが宿泊場所の連絡先。ワンふぉと取材は、佐藤中心で日にち違うから。」

さすが敏腕プロデューサー。
テキパキと説明し、必要なところはすぐに書き足してくれる。


「あと、四ノ宮は道北の例のロケ地でキタキツネ追うから、一応猟師に連絡しといてくれ。」
「え!?ま、またあのロケ行くんですか?」




“例のロケ地”




私はその言葉と共に、成実の話を思い出した。

『もートイレ無いし、食料無いし、川に落ちるし、あの猟師さん全く寝ないし・・・』

案外ちゃんとしているアフリカや南米に比べると、よっぽど酷いらしい。
しかも、今回は雪が盛大に積もった北海道。
そんな中でこれらの条件はかなりキツいだろう。






「仕方ないだろ。前、キツネの画、撮れなかったんだから。」
「で、でも、せめて猟師さんを変えるっていうのは・・・」
「無理だ。一度一緒にやったからには、リベンジの画に必要だろ。」




相変わらず、可哀相な成実。



まぁでも、これがあの子の選んだ道だから、仕方が無い。









「で、付いてくスタッフは・・・」
私は諦めたように仲崎さんに聞いた。
まぁせめて、私が付いて行ってあげれば、ね。
「カメラは佐々田さん。ADからは小塚を行かせるつもりだ。」
「・・・やっぱり、私は駄目なんですね。」
「あのロケ地は過酷だから、女の四ノ宮を手助けするには体力のある男の方が良いだろ。」


やっぱり。でも、ごもっとも。

仲崎さんは性格悪いけど、何の意味も無く私と成実を離したりはしないから。
私はため息を付きながら、仲崎さんに言った。
「じゃぁ、今回は2人だけなんですね、スタッフ。」
すると、仲崎さんは少しだけニヤっと笑いながら、








「いや。あと、特別に菅野P。」








「―――――――か、菅野、Pが行くんですか?」
私は仲崎さんの口から出た意外な言葉に驚いた。




いや、だって、菅野Pって・・・
過酷なロケに行くのが嫌で、いつも理由をつけて拒む卑怯極まりない人。
絶対に今まで折れなかった菅野Pを、まさか、あのロケ地に連れて行かせるなんて・・・

「・・・な、何か菅野Pの弱みでも、握ったんですか?」
すると、仲崎さんはシレーとしながら、
「前の企画構成で、菅野Pの不手際を全部挙げた。その上で、同意させた。」





要するに。




仲崎さんは『このロケに行かないと、今までの不手際全て報告するぞ』と脅しをかけたらしい。





・・・なんて腹黒い人。
『菅野P、ドンマイ。』



まぁでも。

今まで散々目の敵にされてきた私としては、かなりザマーミロって感じ。
「どうした?」
どうやらニヤけ笑いが出ていたらしい。
突然笑みを浮かべた私に、仲崎さんは不思議そうに話しかけてきた。
「あ、あぁいや・・・・ちょっと、ザマーミロだなぁって・・・」
こんな事を仲崎さんに言っていいものか謎だけど、そう思ってたんだから仕方が無い。
「・・・確かに、そうだな。」
すると、仲崎さんも理解してくれたのか、クスっと笑った。











『また、笑った。』



そういえば、今日だけでもう、2回目だ。










相変わらず、綺麗な顔。





そうだ。

せっかくそんな、良い顔持ってるんだから、



「――――――――いつも、笑ってればいいのに・・・」















「は?」
「え?」
何となく、頭の中で考えていただけなのに。




何故か、私はそれを、口に出してしまったらしい。








「――――――――あ、いや!あの、えーっと―――」
私は訳も分からずオロオロし、視線を下げた。

『何を言ってんだ私は!』
本当に、何を言ってんだか。
突然こんな意味不明な事呟くなんて・・・怪しい人間極まりない。
とにかく私は弁解するように言った。
「お前―――」
「いや、独り言なんで・・・あ、そろそろ私“オプ探”の収録が・・・」
多分周りから見てても怪しかったであろう程、棒読みな私。
うーん、自爆して一人でパニくるクセは、ちょっと気をつけなきゃ駄目みたい。


とりあえず一人気まずくなったので、私はさっさとこの場から立ち去ろうとした。

すると、






「――――ほんと、見てて飽きないな、るかは。」






頭の上の方から聞こえる、笑い声。
「・・・は?」
「いつもしかめっ面のクセに、焦る時ってすげー露骨に焦る。」


なぬ?


「そこが、アホみたいで面白い・・・まぁ、せいぜいそのアホらしさが出ないようにな。」
そして、また、ちょっと馬鹿にしたような感じで笑う仲崎さん。
相変わらず、人の事を苛めるのがお好きなようで。
「わ、悪かったですね!」
私は少しだけムッとしながら、仲崎さんを見た。
「仲崎チーフだって、いつもポーカーフェイスだから皆に怖がられてるんですよ!」
「馬鹿にされてなければいい。」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
駄目だこの冷徹人間。何言っても、全然効かない。
いや、オプションの菅原さんを話に出すっていう手もあるけど・・・
えっちの時に反撃されそうだから、止めた。


「じゃぁ、失礼します!」
「あぁ、あと一つ。」

本気で立ち去ろうとした時、また、呼び止められた。
「・・・なんですか?」
「菅野Pの事は・・・悪かったな。」
「・・・・・・・は?」


突然、不思議なことを言い出す仲崎さん。
私は疑問に思いながら聞き返した。
「どういう意味ですか?」
「噂通りだ。これからは、ちゃんと嫌がらせはさせないようにする。」
噂通り。

あぁ、そっか。仲崎さんだっていつかは耳に挟むだろうと思ってたけど。

“工藤は仲崎Pに気に入られてるから、菅野Pに嫌がらせされている”という噂が、もう仲崎さんにたどり着くとは。





「あー・・・・いや、そんな、別に嫌がらせはもう、慣れたし、そんな酷くない、し・・・」




そんな事よりも。







まさか、仲崎さんが噂を聞いただけで、そこまで気にしてくれるなんて・・・






いつも局内では、ずっと冷たかったクセに。
そうやって、いきなりその、優しくされると・・・なんだかこっちが、恥ずかしくなる。







「それでも、俺は後味が悪い。」
私がそんな事を考えてるとも露知らず、仲崎さんはケータイを取り出した。
「―――――――――ッチ。」
「・・・着信、入ってたんですか?」
「あぁ。」
開いたケータイの画面を見て、不愉快そうに顔をゆがめる仲崎さん。
『あ・・・』
いつもの、仕事人間な仲崎さんの顔。
いつのまにか、いつもの仲崎さんに戻っていた。



「じゃぁ、アポの件については今週中にな。」
ケータイをカチカチ操作しながら言う仲崎さん。
「あ、あの―――――」
「収録、ミスんなよ。」
何を言おうか、なんて全く考えてなかったのに、何故か引きとめようとした私。
そんな私に、仲崎さんは、優しく、ケータイを持った手で頭を小突いた。


そして、足早に去っていく仲崎さん。














「・・・・・・・・」


私は廊下に立ち尽くしたまま、仲崎さんに小突かれたところを押さえる。






あの、綺麗で自然な笑みが、頭から離れない。
笑いを堪えるようにしてる声が、耳にぴったり付いている。
そして、







“るか”







呼ばれただけの名前が、妙に馴染んできて。





「くー?」


浜村先輩に呼ばれるまで、ずっと廊下に立ち続けた。

契約時以外なのに、名前を呼ばれた事なんて、全く気付かないまま――――――