taboo






朝早くにも関わらず、わいわいと賑わう局の社員食堂。



「おーい、また、居残り?」



うどんをすすりつつ、目の前に座った人間に目をやった。

「浜村、先輩・・・」

そこにはいつも通りの、ちょっとチャラっとした笑みがあった。



「また深夜番組の収録?」

男の人にしてはあまり高くない身長。
まぁだからか、トレイに乗せていたのはおにぎりだけだった。
「ふぁい。」
その間も、私はずるずるとうどんをすする。
すると、浜村先輩は苦笑を浮かべながら、
「おいおい。女の子が、モノ口に入れたまま話すなって。」
む・・・食べてる途中に話しかけてきたのはそっちだ。
「・・・で、何か用ですか?」

正直、番組収録終わりで、化粧を落としてる。
そして、昨日から一睡もしてない目の下にはクマ。
顔、あんまり見られたくないのに。
「お前、相変わらずだなぁ。せっかく大学時代からの先輩が、心配してやってんのに。」
先輩はそう言うと、おにぎりを齧った。


浜村一馬先輩は、大学のサークル時代からの知り合いで、ADとしてもお世話になってるディレクター。
2コ上で、昔からよく可愛がってもらっている。


「・・・先輩。それだけじゃ、おっきくなりませんよ?」
私は、先輩のあまりにも少ない朝ごはんにツッコミを入れた。
「いや、昨日は番組の打ち上げで2時まで飲んでたんだよ。あーうどん旨そ。一口ちょーだい?」
「どーぞ。」
先輩の前にうどんを移動させる。
「正直、もうお腹いっぱいだから全部食べても――――――――って!」
「ん?」



新しい割り箸を渡そうとしたその時、

先輩は、すでに私の使った箸で、うどんをすすっていた。



「せ、先輩!箸、何使ってんですか!き、汚いですよ!」
疲れ果ててた筈なのに、思わず立ち上がり先輩に言う。
いや、だって、普通新しい箸使いません?

しかし、私の困惑も虚しく、先輩はずるずるとうどんを啜りながら、

「あーもう。くーはホント、面倒くせぇな。」

そして、七味入れすぎ、と呟きながらもどんどん食べ進めていく先輩。
「あー・・・・・・」
時既に遅し。
「もう。先輩、ちゃんと新しい箸使って食べてくださいよ。よりによって、使いさしの箸なんて・・・」
「くー、時代はエコだぞ。地球温暖化の加担者になってもいいのか?」
「それとこれとは、話が違いますー!」
面白そうに言う先輩。
その姿を見て、むくれていると、
「そんなむくれんなって。何?そんな俺と間接キス、嫌だった?」
わざと落ち込むフリをして机に塞ぎこむ先輩。
「もー、違いますって・・・常識的に、です!」
先輩は机につっぷしたまま、あははと笑う。






昔から、どうして私に構ってくれてるのか。

169センチと、少し背は低めながらも、可愛い容姿に明るい性格。結構人気あるのに。

私なんかによく絡んでる所為で、周りに変な勘違いをされ女の人が諦めていくのを、先輩は知らないんだ。







「・・・先輩。」
「んぁ?何?くー。」
私の事を“くー”と呼ぶのは先輩だけ。
まぁ、そのお陰で周りからのあだ名が“くーちゃん”になったんだけど。
私は、そんな人懐っこい先輩に言った。
「“朝ステ”の準備、行かなくていいんですか?」
「え?―――――――――って、ぁあ!」
食堂の時計は、7時を指していた。
「やっべー!今日の分の指示、まだADに出してねーんだ!」
先輩はあたふたと立ち上がると、カバンとトレイを持ち上げた。
「じゃーな!あんま、徹夜すんなよー!」
そして、さっそうと去っていく先輩。


もちろん去っていく時も、あの人懐っこい笑顔は忘れない。




でも、先輩が時間ギリギリになるなんて珍しい。










「・・・私のとこ、来なきゃよかったのに。」


「だーれが?」



そして、先輩が去ってすぐ。

再び、目の前の席が埋まった。今度は、
「なっちゃん。」


今日もばっちりメイクのなっちゃんが、にこにこしながら座っていた。

「誰がって・・・浜村先輩。」
「浜村?あーまたあのディレクター、くーちゃんとこ来たんだ。」
周りの人に“また”と呼ばしめる程、先輩私のとこ来るかなぁ・・・
とにかく、今日もキマってるなっちゃんに言った。
「もー。番組の収録、今日すっごく長引いた!」
愚痴を言いながら、カバンから化粧道具を取り出す。
そして、いつもの用に軽く目元にアイラインを入れながら、
「菅野チーフと作家さんが言い争い始めてさー、」
「え?また、菅野P文句言ったの?」
「うん。CM跨ぎで話を進める予定だったのに・・・いきなり『変だ』とか言い出して!」
ぶつくさ言いながら薄くグロスを塗る。
すると、なっちゃんは缶コーヒーのふたを開け、一口飲んだ。あ、またブラックだ。


「あの人、“あにまるな”のチーフPを仲崎Pに取られたから、周りに八つ当たりしてんのよ。」







仲崎P。






突然、なっちゃんの口から出たその言葉に、少しドキっとする。

しかし、すぐにいつもの平静を取り戻し、

「あー、やっぱり?私も、ロケ弁の内容で、ちょー怒られた。」
確かに、42歳の菅野Pが、まだ29の仲崎にチーフの座を取られたのは、ムカつくんだろう。
でも、それだけ仲崎さんが、優秀なわけで。
『・・・・・・性癖は、最悪だけど。』
思わず頭の中で悪態をつきながら、なっちゃんの方を向く。
「あ、そういえばさ。」
なっちゃんはコーヒーを机に置き、嬉しそうに言った。
妙に笑顔で、こっちを見てくる。
このパターンは・・・




「今日は、これから家帰って寝るんでしょ?だったら、今晩、合コンに――――――」

「パス。」

「えー!」




常にいい男を求める合コン好きのなっちゃん。
今まで、何度もこのように誘われている。

まぁでも。私はあまり合コンが好きじゃないらしく、どうも気が進まない。
「人数あと一人足んないんだって!くーちゃん彼氏居ないんだし、今日くらいは・・・」
「いーや。それに、今日はちゃんと予約、入ってんの。」
「え?男!?」
「成実ですー。」
「なんだ・・・・・・」
勝手にテンション上がり、勝手に下がるなっちゃん。
「それに、合コンなら、もっと可愛いメイクの子とか連れてけばいいじゃん。よりにもよって」
私なんて。


「じゃ、また飲みに行く時は誘ってね。」
私はにこっと笑いながらさっさと七味を元の場所に戻し、立ち上がった。



すると、





「ねぇくーちゃん。」


突然、先ほどとは違う、どこか心配そうななっちゃんの声が聞こえる。








「まだ“あの人”の事、引きずって――――――――――」
「なっちゃん。」








私はなっちゃんの言葉を遮るように、言った。





「あの人って、誰?」







あはは、と笑いながら振り返る。











お願いします。


どうか、私の動揺が、バレてませんように。







「じゃ、合コンファイトー。」
私はなっちゃんの言葉を待たず、さっさと離れていった。




まるで“あの人”から逃げるように。

















「くーちゃんの、馬鹿。」